第六話 「お互い名前で呼びましょう」
第六話 原案:前半 桜雪 木乃(八束)様&後半 アグァ・イスラ(水島 牡丹)様
ところ変わって魔女一行。
剣呑な雰囲気につつまれつつあるお城のことはいざしらず、いまだにガクガクブルブルと震えている王子様と、相も変わらず頭の中がお花畑状態の彼女と、彼女に逆らえないピエトロは城からすこし離れた場所を歩いていました。血糊の残った出刃包丁はいまだ彼女の手にあります。
王子様から見たら誘拐。しかし魔女の意見としては本人の同意の上で、です。犯罪に手を染めた人間が自分に都合のいいように事実の解釈をするのはいつの世でも、どの場所でも同じなのでしょうか。
にこにこ笑顔の彼女はとても満足そうだったのですが、さすがに無言のままではつまらなくなってきたのでしょう。それにお互い言葉を交わしたのはさっきが初めてで、お互いのことを何も知りません。お家に着いてからいろいろと深く知り合えば良いと思っていたのですが、一人乗りの魔法のホウキでお城にやってきたのとは異なり帰りは徒歩。時間がかかります。
変化したピエトロに乗ればいいのに、と思われるのですが、乗り心地が良くないと言うことで却下されました。お城まで乗ってやってきた魔法のホウキは、ピエトロが前足で抱えて、後ろ足で立ち上がってテコテコとついてきています。
何から聞こうかと考えていた魔女が口を開きました。
「ねえ王子様、王子様はなんて名前なの?」
「ぼ、僕、の……?」
そう、お互いを知りあうにはまず名前から。きらきらと瞳を輝かせて、魔女は問います。一見とてもかわいらしい。ですが手には常時刃物、ピエトロはそれから怯えるように視線をずらしているのですが、城のある方へ常に意識を向けています。主人を守るための使い魔として警戒を怠りません。
王子様は答えるしかない、と震える口を精一杯動かそうとしますがそのぎらぎらと光る刃物が、と言うよりもそれを扱って人を目の前で殺めた女の子の姿が脳裏によぎり、怖くてうまく答えられません。それでも頑張っていいました。
「僕のな、なま……」
「そう、わかったわ!」
ぱん、と手をうって、彼女は勝手に話をすすめていきます。どうやらこの魔女特有の恋回路で王子の名前の結論がでたようです。本人の意志などこの際無視らしいです。知り合う気、分かり合う気は無いのでしょうか。
「クリストファー・ルパート・ウィングミア・ウラジミール・カールアレクサンダー・フランソワレジアルド・ ランスロットハーマン・グレゴリー! 素敵! 私が恋した王子様ぴったりの気品あふれるお名前! そうねえ、でも長いからどう呼ぼうかしら……?」
どうして自分のところに魔女がやってきたのか、答えとなる超重要キーワードが今回も含まれていましたが、勝手な妄想で人の名前を作り上げた魔女のある意味マジカルな思考回路にあっけにとられてしまった王子様は聞き逃していました。本当に不運です。
タイミングを逃すのは与える側にも受け取る側にも、両方ともに問題があるのだ、と言うことがよくわかる瞬間でした。
……少なくとも、ピエトロはそう理解しました。
きらきらと目を輝かせたあと、魔女が(自分が勝手に名前を想像した)王子様をどのように呼ぼうかと考え込み始めると、いままで黙っていたピエトロが低い唸り声を上げました。
「ご主人、なにかがいる……!」
ピエトロの何かがいるという言葉に魔女の目つきは鋭くなりました。出刃包丁をしまい、ゆったりと余裕のある黒のローブの袖に手を突っこみ、中から取り出した物をピエトロが唸り声をあげた方向に向けて投げました。
「着火っ!」
すると、魔女が投げたものが大爆発しました。そう、爆弾です。
茂みから爆風に飛ばされたモノが無残な姿となってぼとりと地に落ちました。
「あら、敵かと思ったら、ただの動物だったわ」
「ご主人、だからせめて魔法を使おうよっ。魔女なんだからさ」
「あら、ピエトロ。せめて、ただの人間や動物にもチャンスを与えなきゃ」
魔女はチャンスを与えますが、決して反撃は許しません。
「チャンスを与えてもこれは意味ないよ、ご主人」
ピエトロは自分の主人と遭遇してしまった悲劇を憐れみながら、躯を晒す生き物だったものに近づいていきます。
「あら、ピエトロ、ただの動物と思ったら、子猫だったわ。可哀相」
「ギャああああああああああああああああっ! ボクの同胞があああっ!」
魔女は決して、反撃を許しませんでした。ちくしょう……! 子猫を……っ 世界の輝きを……っ
王子様はただただ、震えています。
結局追手や救援は来ません。そして魔女の冷酷な面を二度も目にした王子様は覚悟しました。この悪漢を下手に刺激してはいけない、自分が助かるにはまず従順であるべきだと。
そしてそのためにはまずこの魔女の名前を知り、お互いに名前を呼んで親しくあることを望んでいるとアピールするべきだと。
……謀らずしも彼女の思惑通りです。ストックホルム症候群一直線の思考です。
「き、君の名前は何と言うんだい?」
「あら、王子様、私に名前はありませんの。王子様が付けて下さいな」
魔女の手にはまた、凶悪な刃物が握られています。
「……み、ミザリーとか」
ピエトロが仰天しました。
不幸、という意味です。今の王子様にとってまさに相応しいネーミングと言えるでしょう。
しかし状況が状況です。何と言う事でしょう、王子様も空気が読めない。KYです。ピエトロは王子様の死を覚悟しました。
「あら、きれいな響きの名前ですわね」
ピエトロは目ン玉をひん剥きました。やんわりと主人に即決させないようにつなぎます。
「ご、ご主人、王子は『とか』、って言ったよ。他の候補も聞いてみようよ」
ミザリーに決めてからその意味を知ったら怖そうです。
「あらそう」
ピエトロの会心の一撃でした。今そこにある危機を回避できました。王子様は別の名前を考えます。
「ジェイソン」
「それ男の名前じゃなくて?」
というより、殺人鬼の名前で有名です。
「じゃ、じゃぁ、フレディ」
「何だか、フレンドリーな名前ね、私には合わないわ」
そういうことではない気がします。悪夢の中で追われ続けたいのでしょうか。
「なら、アリス」
「アリスッ! 素敵な名前ね。気に入ったわ。どう? ピエトロ」
「まぁ、……それなら」
目を逸らしながら、ピエトロは妥協しました。
「アリス、きっと私みたいにお淑やかで可愛い女の子に付けられる名前よ」
「……」
ピエトロは黙りました。名前のイメージとしては確かにそうかもしれませんが、ご主人には…… などと言ったらネコ鍋です。
にぎやかに、のどやかに、仮初の平穏を楽しみながら二人と一匹は森の中に入っていきました。魔女のお家はもっと奥の方です。魔女にとってはこの森は自然にあふれて豊かな環境で静かに愛を育む天国に映りますが、王子様にとっては陽の光が届かない、深い地獄への入り口が口を開けて待っているように見えていた事でしょう。
その両方を傍から見ていた小さな黒猫は、魔法のホウキを抱えたまま、はぁ、と小さくため息をつきました。
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その頃、所変わって、お城。
凶刃に倒れた美女からの通信を聞いた王さまは、こんな事を言っていました。
「今日、何者かに王子がさらわれた! 王子を保護した者に報奨金二億、女性であれば王子と結婚する権利を与える! 一刻も早く王子を連れ戻すのだっ」
王子様本人の意思そっちのけのまま、目の前に褒美を吊り下げられた馬車馬のように、玉の輿を狙う国中の美女たちが王子を探すことになりました。
第六話 原案:前半 桜雪 木乃(八束)様&後半 アグァ・イスラ(水島 牡丹)様