第十八話 「じらしてばかりじゃいけません」
蜂の巣にされた光の玉は、かしゃん、と音を立てるように砕け散りました。
その中には無残な姿で風通しの良くなった二人の姿がありました。
「あらら、引換券まで」
しかし聖女様はうろたえませんでした。それもそのはず。聖女様の持つ聖なる御力をもってすれば復活なんて朝飯前です。傷の一つも残さない完全蘇生です。双眼鏡で覗きながらにやついていました。信者の皆さんにはとてもお見せできないような悪人面です。
「王子の身体を持ってきなさい。食べてはダメよ。お前達は骨の髄までしゃぶるから」
生ける屍の一つに命令すると、魔女の家に向かって歩き出しました。
礼儀正しくノックして、扉のドアに手をかけて開けました。
どばんっ! と入り口が弾けました。煙がもわもわ立ち上がります。兵士は粉々です。もう動けませんでした。
「こんな時までちゃっかりトラップしかけてるなんて、油断のならない女ですわね。ですが私が行くまでもありません」
次の兵士に命じて行かせました。生気を失った眼を見開き、口を半開きにして、その奥から呻き声ともつかぬおどろおどろしい音を立てながら、両手を前に伸ばしたままふらふらと歩いていきます。今度は窓から入っていくようです。そこには鳥かごがかかっていました。かわいそうなことに、さっきの銃撃で中に入っていた白いハトは胸を打ちぬかれて動かなくなっていました。
平和の象徴とも言われる白いハト。
ですがこの場では弱い者から死んでいきます。
口で言う平和なんて、簡単に破られてしまう脆いもの。それを守るための聖なる力が、いまやエラいことになってます。
窓枠に手をかけ身を乗り入れて部屋の中へ侵入したその時、ぷつん、と糸が切れる音がしました。それとともに上の方から大きくて重たい鉄板が、ガシャンっ! と言う大きな音とともに落ちてきて、侵入者の身体を真っ二つにしてしまいました。
両腕も一緒に切られてしまったゾンビ兵士は床の上に落ちた上半身だけで上手く前に進むことも出来ずただもぞもぞ動いているだけでした。
「……」
聖女様は口元に手を当てました。至るところにトラップが仕掛けられ、引換券こと王子様の遺体を回収することが非常に困難です。ヘタをすると王子様の身体も先程のように粉々にされてしまうかもしれません。そこまでなるとさすがの聖女様の聖なる御力と言えど、復活させることが出来ません。
……
…
どれだけ時間が経ったのでしょう。今手元にある法具やゾンビ兵士を使って、魔女アリスのトラップを上手く解除して王子様(遺体)を回収する案が浮かばず、考えることに疲れた聖女様が伸びをした時です。コツ、と頭に固い物が当たりました。
「お久しぶり、性悪聖女。おっと、そのまま振り向くな」
声に覚えがあります。ですが窓の奥には蜂の巣となった二人の姿がちゃんと残っています。
「奇跡はもう起こらない、って前言ってたわよね。じゃあ二度目は何なのかしら?」
「貴様…… どうやって」
「わたしは魔女、よ。魔法も使うし、戦場での立ち回りもね。それを始めるまでの準備こそが戦争よ。わたしの生活はいつだって勝つためのものなの。わたしの庭に入って勝てるわけがないでしょう?」
お話が違う方向へと飛んでいきます。戻ってきてください。
「分かりやすく教えてあげようかしら。おっと、聖句唱えるんじゃないわよ。わたしの質問の返事以外で少しでも口を開こうものならもう一つかわいいお口を増やしてあげるわ。頭にね」
戦の魔女アリスが使った魔法は二つでした。
魔法陣は王子様と魔女そっくりの人形を残すためのもの、唱えた呪文は地の中に二人を引き込んで攻撃を無効化するためだけでなく、こっそりと聖女様の背後に回るためのトンネルを作るためのものだったのです。お師匠がお師匠なら、弟子も弟子でした。策士です。
「さて、ご退散願おうかしら。王子様とこれからの事をゆっくりお話ししたいの」
聖女様は、ちっ と舌打ちをしてそのまま枝から飛び降りました。
「まだよ! 3ダースのオジサマなんてなかなか手に入らないんだから!」
「しゃべるなって言ったでしょ」
言うが早いか無表情に魔女アリスは照準を聖女様に合わせ、マシンガンをぶっ放しました。しかし聖女様も瞬時に防御壁を張ります。お互い高度な戦いでした。真下に配置していたゾンビ兵にキャッチされ、何とか無傷で地上に降り立った聖女様は魔女から間合いを取ります。木の上から真下に向かってマシンガンを乱射します。銃弾の雨に打たれ、倒れ伏したゾンビ兵の胸の上にアリスは飛び降りました。グシャっと鈍い音が立ちました。背骨と胸部が潰れた音です。死体の身体をクッションにしたアリスは無傷でした。すぐに立ち上がって聖女様の逃げて行った方に銃口を向けます。しかしすでにそこには聖女様の姿は無く、おびただしい死者の群れが待ち構えていました。
「行きなさい! 我が不死の軍!」
空気を震わせ、亡者の行進が始まりました。アリスは手榴弾を群れの中に投げ、木の後ろに隠れます。爆発した手榴弾の破片をやり過ごした後、マシンガンの引き金を引き絞ったまま、盾にした木の陰から走り出しました。ぱららららっと無数の鉛玉が襲い掛かるのですが、隊列は崩れることがありません。銃弾にも怯まず、爆風で手足をもがれようとも物ともせずにただアリスに向かって進んでいきます。さすがの戦場の魔女とは言え、一つ一つを相手にしているわけにも行きません。いくら彼女が抜きんでていたとしても、結局のところ力とは、数。
「まったく、ピエトロはまだ戻らないの!」
魔女アリスはイライラして、未だ戻らぬ彼女の使い魔を罵りました。
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その頃ピエトロは、果たし状のお返事を入れたカバンを背負って、森の中の道をるんるんと歩いていました。草花が揺れ、たくさんの小さな生き物にあふれる豊かな森の爽やかな空気の中、ピエトロはお遣いの途中だと言うのにすっかりピクニック気分です。そんな彼が上機嫌に歩いていると、道の脇の方できらきらと何かが輝いているのが目に入ってきました。
「あ、川だ! カニがいるかもしれないぞ!」
のんきなものでした。