第十七話 「良くも悪くも第一印象が大切です」
魔女の居城(見た目ほったて小屋)を制圧せんと、じわじわと、聞く者の胸を不安で押し潰すような、およそ声とは言えないような音を上げながら、死を恐れぬ軍隊が迫ります。その軍隊を率いるのは高い木の枝の上に座る、純白の生地に金の刺繍を施した高貴な法衣に身を包む、金糸の髪とつぶらな碧眼をした、まだ少女の面立ちを残した麗しい聖女様。圧勝を予想している聖女様はニヨニヨと、その御姿とは似つかわしくないイヤらしい笑みを浮かべながら、双眼鏡を取り出しました。じわりじわりと追い詰められる獲物の、恐怖でひきつり混乱する様子を見ておこう、そんな感じです。ところが窓を通して屋内の様子を双眼鏡で見た聖女様は言葉に詰まりました。
「……そう、アイツなのね。いい機会だわ」
そう言った聖女様の口元は苦笑いで歪んでいます。手にしていた双眼鏡をしまいました。
「全軍! 目標を包囲しその状態で指示あるまで待てッ!」
女コマンダーの命令は絶対で、彼女の絶大な法力に支配された者たちは逆らうことなどできません。そうでなくても意図的に完全蘇生させられていない女達は自らの意志もなく命令がなければ動くこともないでしょう。
「今度こそ私の聖なる御力におよばないことを教えてあげますわ。あんな偶然は二度、ありませんことよ」
聖なる力って、こう言う形で使うものじゃないと思うよ、わかってる?
ピエトロがここに居たのなら絶対そう言ったでしょう。ですが今ではただのかーわいーい子猫に成り下がってバッタを追いかけています。おつかいをしてください。
一方屋内では、絶望に取り囲まれているにもかかわらず、王子様がこれほどにない安心を魔女から感じていました。
百人の猛者にも勝るケンカのオニ、無敵の鉄拳アルファーネを屠った魔女が今確実に自分を守る刃として傍にいます。魔女だと言うのに魔法を使わなくてもこれだけの軍勢を前に怯みもしません。
そして今まで気付きませんでした。
彼女のそれは、自分よりもまだまだ幼い顔をした少女であるのに、それを感じさせないほど凛とした、見る者すべてに信頼を与える導く者の顔であることを。
「これが…… 本物の魔女……?」
確実に王子様の心を捕らえました。確信です。猜疑や不義、謀反や背徳の象徴、本来信頼や安寧からは程遠い存在であるはずの魔女。そこからあふれる忠義と誠心。(ほぼ完全に)脅迫し、(任意と言い張っていますが)誘拐してきた真実の悪のはずなのですが、王子様の魔女アリスに対する印象は一瞬で好転しました。魔女はチャンスを見逃しません。あとはこの現状を打開し、二人のスウィートホームを構えればミッション終了です。そうすれば、あんなことやこんなことを…… うへへへへへへへへ
顔が思わず緩むところでしたが、まだミッションの途中です。必死にこらえました。
「全軍、撃鉄起こせ!」
ガシャンという音が響き渡りました。力なく天を仰ぎながら、地獄の底の唸りをその喉の奥から震わせながら、屍の女兵達が手にした銃器を正面に掲げます。森の中で迷って息絶えた、ただの死体達が持っているにしては不自然なほどの数と種類。そしてそのいずれもがまだ新しいモデルで、それらは目にした魔女アリスの心をちょっとときめかせましたが、さすがに王子様も居るこの状況ではそこまで余裕を見せていられません。突撃の時が迫っています。しかしそれがいつなのか分かりません。聖女様が精神的疲労を狙ってあえて突撃を遅らせてくる可能性もありますが、聖女様も相手がただの暴徒やテロリストではなく、魔法使いであることを知っています。魔法による何らかの反撃を準備する暇を与える事無く、速攻をかけてくる可能性の方が強いです。この期に及んで策を弄する時間はない、魔女アリスも当然そう予測しています。
銃器ではなく魔法の杖を手に取って、王子様と自分の周りに魔法陣を引きました。
「土に潜む堅きものよ、冥府の奴隷よ その堅固なる身でもって守れ」
とうとうマジメに魔法を使いました。……使えたんですね、安心しました。
とんっ、と軽く、手にした杖で魔法陣を引いた床を叩きます。魔法陣が怪しく光ったかと思うと、魔法陣の円周にそって光の膜が張りました。
「ってぇい!!」
同時に聖女様の号令が響きます。一斉に引き金が引かれ、無数の銃弾が襲い掛かります。木製の板でできた壁は簡単に穴が開きました。
そしてその奥にあった光の玉も、ベールのような薄い膜があっさり破れ、蜂の巣にされました。