第十五話 「期待しすぎるのは止しましょう」
アリスに手紙を届けた伝書鳩は今は鳥かごの中に入っていました。その鳥かごはもともとカナリアや文鳥のような飼い鳥のためのものではありませんでした。
長いことお師匠と女の子と黒子猫しかすんでいなかったこの森の家は、魔法使いのお屋敷です。お屋敷と言っても、ほったて小屋みたいな見た目テキトーな作りですが。
そんな魔法使いの邸宅にある空っぽの鳥かごと言えばおそらく何かの儀式用の鳥を入れておくための物でしょう。止まり木が一本あるだけの、およそ観賞用とは言えない単純な檻でした。
そのかごは窓のあたりにかけられ、そよそよとやさしく吹き込む風にやさしく揺られていました。飛んで疲れた鳩も穏やかに止まり木にとまっていました。誰が用意したのでしょう、かごの中のエサ入れに見るからに毒々しい紫色をした小さなとうもろこしのような粒々のご飯が入れられていました。鳩も初めはいぶかしんでいましたが、お腹が空いていたのでちょこっとずつ口にしていました。
「ねえ、アリス」
「あら、なにかしら王子様」
ものすごく輝く笑顔をみせる魔女アリスの頭の上には誰が見てもはっきりわかるハートマークが浮いています。銃を手に取っていた時のソルジャーの顔つきはどこにも感じさせません。プロです、戦争の。お屋敷の一階にある窓全部に対して工作を終え、今度は玄関のドアノブに細いワイヤーをかけていました。その作業もとても手慣れた感じで、王子様は関心して見ていました。
「アリスはどこでそんな武器の使い方を訓練したんだい? あと、聖女の事を知っているみたいだけど……」
誰もが一度は思ったことのある疑問を投げかけました。
「そうですわね…… 話すと長くなるようで長くならないようで。どこから話しましょう?」
よくぞ聞いてくれました、と言うわけでもなさそうですが、自分の事に興味を持ってくれたことに魔女アリスはとても気分を良くしてさらに笑顔になりました。彼女が話し始めようとするやいなや、外で爆音がしました。二人は仕掛けに触れないように気を付けて窓辺に駆け寄り外を見ます。
「さあ、そこに居るのは分かってますわ! 3ダースのオジサマたちの引換券、こちらに渡してもらいましょうか! 素直に応じれば命は助けてあげることも考えても良いですよ! 気分によっては考えませんがっ!」
清廉で可憐な容姿からつむぎだされる言葉としてはサイテーの部類に入ること間違いなしな台詞が森の中に響きます。純白のローブを身に纏う、金糸の髪に青い目をした美しい少女が大きな木の高い枝の上で片膝をつき、魔女達の居る見た目ほったて小屋を見下ろしていました。魔女アリス愛用のマシンガンの射程からずっと遠い、魔女のお家からそこそこ離れた所でしたが真っ白なローブはとても目立ち、二人はすぐに声の主が誰なのか悟りました。聖女様です。
「来たわね、あの女…… ピエトロはどうしたのかしら」
「ま、まさか! あの白い悪魔が!」
その頃ピエトロはおつかいに夢中でした。
小さなバッタがぴょんぴょん跳びはねるのを見ると思わず追いかけたくなります。野道の脇に咲いていた花が風に揺れるとその小さな手でもっと揺らしたくてたまらなくなります。そのくりくりとした黄色の目に映る大きな世界のすべての物が、まるで彼を遊びに誘っているかのように魅力的でした。
地面に落ちているただの小枝も立派な遊び相手。ぱしっと手で払ってその後を追い、追い越した直後に小さくジャンプして上から押さえつけます。口にくわえて上に放り投げ、後ろ足で立ち上がると、宙に舞った小枝を捕まえようとフリーになった両手を伸ばします。そして自分の手を逃れて再び地面に戻ってきた枝を、今度は何をするわけでもなくじーと見続けました。ふっと自分の仕事を思い出して歩き出しました。
ご主人に渡された手紙は背負っているポーチのような小さなカバンの中に入っています。最短コースからはとっくのとうに外れていて、正直迷子になってるんじゃないかと思ってしまいます。
魔女アリスにとって完全な誤算。
この分だとおつかいが終わるまでに何回か夜明けを見ることになりそうです。
その時、お家の方から爆音が響いてきました。
「あーあ、ご主人。また爆弾を使って……。いい加減魔法を使えば魔女らしくていいのに。わかってる?」
のんきなものでした。
ここからしばらくれいちぇる担当分。
猫かわいいよ、猫!