表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

第十四話 「手紙は丁寧に書きましょう」

第十四話 ~原案~ 八束様

 ピエトロが、帰らぬ人となった加害者兼被害者を埋葬している頃、魔女アリスの家に一羽の白い鳩がやってきました。人に慣れているようで、窓辺に止まったその鳩を見つけた王子様が近づいて触ってみても逃げようともしません。王子様がある事に気が付きました。足には筒が付いています。筒を開けてみると中にお手紙が入っていました。


「……? アリス、君宛てだよ。伝書鳩を飼っていたのかい?」


 入っていたのは上質な封筒で、その封に用いられている蝋も上等な物で、薄く金に輝いています。宛先には「森の魔女へ」と丁寧に書かれている一方、中央には太めの筆で『果たし状』と勇ましく、荒々しく書いてありました。ちぐはぐしているにもほどがあります。魔女の家に早々と慣れて、警戒心も薄くなってフレンドリーになってきた王子様に呼ばれて、アリスはにこにこ笑顔でやってきました。


「伝書鳩? いいえ、私は特に飼ってませんわ。どこから来たのかしら」

「うーん、アリスの鳩じゃないとしたら一体……。でも宛先が『森の魔女』だよ。他にこの近くに魔女がいるのかい?」

「いいえ、それも存じませんわ。お師匠がこの辺唯一の魔法使いだったはずですもの。それにしても森の魔法使いにケンカを売る度胸のある人もいるみたいね。うれしいわ」


 二人とも首を捻りながら、でもにこやかに封書を開きます。何だかすごく自然で良いムードです。取り出された便箋もやはり上等な物でした。


「王子を返しますか? 返しませんか? いずれにせよ悪は滅びます。首を洗ってお待ちくださいませ」


 アリスは文面に目を通すとにっこりと爽やかに微笑み、次の瞬間、ジャ()っ! とお手紙を縦に引き裂き、ぽいっと投げ捨てました。王子様はその便箋に見覚えがありました。拾って確認してみるとそれはやはり聖霊院の高官が用いる書簡。文面の最後に筆で「聖女」と書かれていました。本文よりもでかでかと。


「どうしたんだいご主人?」


 埋葬を終え、ねこ用のショベルを担いだピエトロが戻ってきました。泥だらけになってしまったから苦手だけど水で洗って、早く毛づくろいをしたいな、と思っていました。極たまにご主人が優しくお風呂に入れてくれたことがあります。三日間もお掃除を続けてお家をきれいにしました。ご主人を狙って返り討ちになった刺客の血痕をきれいに掃除して、丁寧に埋葬もしてきました。ひょっとしたら今日はご褒美にと、ご主人がきれいにしてくれるかもしれません。うきうきしながら戻ってきたのですが、若干ご主人から出ているオーラが歪んでいることを、おヒゲセンサーが感知しました。その元凶は、とぐるりと見渡すと、王子様が引き裂かれた便箋を持っています。これだ、と直感したピエトロがその手紙を覗こうとすると、便箋は突然ぼわっと燃えて灰になってしまいました。燃え上がった瞬間に驚いて手を離したため、持っていた王子様に火傷はありません。

 王子様がアリスの方を見ると、アリスはきっ、と睨んでいて、二人の方にびしっと人差し指を向けていました。どうやら火炎の魔法を使ったようです。


「ご、ご主人、今の手紙は?」

「……あの女狐、こんな時まで邪魔するのね。まったくあの年増好きが。ピエトロ、一番臭そうな便箋と封筒を持っていらっしゃい、いますぐ!」


 質問に答えないままアリスが命令します。ピエトロはちょっとがっかりです。ご褒美はきっとありません。ですがそこは使い魔。ご主人のオーダーには忠実に動きます。ピエトロは素早く頷き、整理したばかりの棚を器用に開けて便箋と封筒を丁寧にも一番下のを取り出しました。アリスはペンを取り出すと、便箋に文字を書き付けます。


「えーっと。死ね、と」

「ご主人、それ手紙とは言わないよ」

「いいのよ。向こうは『果たし状』を送ってきたんだから。ピエトロ、とっとと出して来なさい」

「え? どこに?」

「お城によ! そんなことも分からないの? 聖女って書いてあったじゃない」

「え、っと、読む前にご主人が燃やしちゃったから」

「あら、あなた泥だらけ。全くもう! そんなんじゃいい笑いものよ、ピエトロ! 恥ずかしくて外に出せないわ! こっちにいらっしゃい!」


 全くピエトロの言葉に耳を貸さない魔女アリス。遠巻きに見ていた王子様はピエトロをちょっとかわいそうに思いましたが、ピエトロはうれしそうです。望んだ形とは程遠かったのですが、なんだかんだでご主人に汚れを落としてもらうことが出来るのですから。


 離れのお風呂場でじゃばじゃばと乱暴に黒猫が洗われています。ぬるめのお湯であれば最高だったのですが、残念ながら急な事だったので汲み置きの水です。でも泥汚れも付いたばっかりの物だったのでそのくらいでもあっさり落ちていきました。三度、四度洗われて、すすぎの水に汚れが付かなくなったところで水から揚げられました。がしがしと乱暴にタオルで拭かれます。全体的に乱暴だったのですが、ピエトロは文句ひとつ言わずおとなしく、嬉しそうにしています。ただやっぱり水で洗われたため少し体が冷えました。くしゅん、と小さなかわいいくしゃみを一つしましたが、今日は幸いお日様がぽかぽかと気持ちのいい日です。日なたに出ていればすぐに乾いてくれることでしょう。


「ほら、きれいになった。それじゃあさっさと行ってきなさい!」


 アリスがピエトロに問答無用とばかりに手紙を渡すと、ピエトロは久しぶりに使い魔らしい仕事だななんて思いながら窓から飛び出して行きました。迷いの森で迷わずに行けばお城までは徒歩で半日です。


 そして家の中に残されたのはアリスと王子様、二人きり。アリスは普段の八割増しの笑顔をきらきらと輝かせています。ですが手元にはなぜか、あの真っ黒なマシンガンが一丁。


 手紙を送ってきたのはこの国の聖女。魔法を使う者で聖女の存在を知らない者は無いと言っても良いくらいの存在です。魔女アリスの物ではない伝書鳩が正確にアリス宅に届いたと言うことは、この伝書鳩には何かしらの法術がかけられているだろうと思われました。おそらく王子様の持つ王家由来の物をたどるようにセッティングされているのでしょう。そして、聖女が手紙を送るためだけに鳩を飛ばしたとは考えられませんでした。王子様の居所を探る意味も兼ねて、鳩がたどり着いた地点を特定する法術が同時に仕掛けられているはずです。


 つまり、相手がいつこの魔女アリスの家にやってきてもおかしくない。ピエトロをお遣いに出したのは手紙を届けるためと言うよりも、最短コースで来る可能性のある聖女を迎え撃たせるためだったのです。もちろん迷いの森で聖女が迷って、到着が遅れるのであればそれで構いません。お遣いを終えたピエトロが戻ってきたら戦わせればいいのです。


 ただ、森の方が昨日あたりからざわついています。聖女でなくとも、また先程のような刺客がやってくるかもしれません。油断は禁物。


「王子様、危ないですから窓辺からちょっと下がっていた方が良いですわ」


 魔女アリスの目つきは鋭く、とても素人のようには見えません。片付いた家のあちこちから再びいろいろな物を取り出してきて、窓辺と入口のドアの辺りを中心に、何やらごそごそと作業をしはじめました。




第十四話 ~原案~ 八束様

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ