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第十三話 「先入観は見える物を見えなくします」

第十三話 ~原案~ アグァ・イスラ(水島 牡丹)様

 聖女様の発言のおかしさに気が付いた近衛兵は任務を放棄して、守らなくてはいけない扉を慌てて開けて玉座に向かいました。しかし彼が入って目にした光景は、隣に立つ聖女様に向けて満面のだらしない笑顔を向ける座ったままの王様と、その王様ににっこりと穏やかに微笑み返す聖女様。玉座の間の絢爛さと併せ見ると、絵画と見間違うほどの光景でした。聖女様が丁寧に頭を下げているところを見ると、あっという間に要件は済んでしまったようです。


「せ、聖女様、王様!」

「む、何事だ。入室を許可した覚えはないぞ」


 二人の方に駆け寄り目の前にかしずく近衛兵に、王様は慌てる様子もなく表情を変えました。近衛兵に向けた顔はいつもの王様のものです。何事だ、と聞かれましたが、ストレートに聞けません。何と言えば処罰を受けない、もとい二人に対して失礼にならない質問になるのかと言うことに今は頭がいっぱいです。わずか数呼吸の間に頭脳をフル回転させて「これだっ!」と言う答えに至りました。


「魔女征伐に聖女様がご協力くださる、と伺いました。王様、聖女様および聖霊院が全面的にご協力くだされば士気も揚がると言うもの。私としても大賛成にございます。ですがこれからは聖霊院との協力を中心にするとなれば、報酬を王子奪還の目的とするよこしまな者達による妨害も考えられます。そうなる前に個人に対する成功報酬を見直されてはいかがかと……」


 なるほど。個人報酬を無くさせる方向に流れを持っていくつもりです。あの条件――聖女様好みのオジサマ3ダース――を無効にするには自然な発想です。オジサマということはほとんどが妻帯者であるでしょう。そのオジサマを3ダースも用意するとなると、相当な数の家族を犠牲にします。オジサマの中には家庭を持たないわずかな例外はあるでしょうが、それを3ダースも用意することは並大抵な事ではありません。しかも『聖女様好み』でなくてはいけません。一般的な倫理を引き裂きかけている聖女様の企みを阻止しながら、しかし直接的に感じさせない進言としてこの短時間に出した解答としてはそこそこではないでしょうか。

 そして確かに、聖女様が動くのであれば聖女様を頂とする聖霊院も必然的に動かざるを得ません。「聖女」とは私的な存在ではなく公的な存在なのです。その事を王様に再確認させ、聖女様が好き勝手に動きにくい状況を作ることにもつながります。

 聖女様の近衛兵に対する「考えたわね」と言う憎々しげで歪な笑顔に、近衛兵は背筋に冷たい物が走るのを感じました。しかしさすがは聖女様。王様の方に向き直った時にはすでにそのような表情を消しています。


「大丈夫ですわ。私が秘密裡に個人として動きます。聖霊院が表だって動くことが無ければ邪悪なる者がこの件に介入する事は最少に抑えられるでしょう。王子の身の安全を確固たるものとするのであれば、私が一人で向かう事が一番ですわ。ですから王様」

「ええ、聖女殿の良きにお任せいたします」


 くっ この聖女様も切れ者です。組織での行動に切り替えられて個別報酬を無しにするような流れを断ち切られました。邪悪です。自分の利益だけのために無知なる者を利用する、吐き気を催す邪悪です。

 王様は聖女様に完全に毒されています。抵抗できません、いえ、しません。それに聖女様はこの国で一番の法力、法術の使い手。王子奪還にもっとも近い存在であることは間違いありません。いかな森の魔女と使い魔と言え、聖女様には敵わないでしょう。反対する理由なんてありません。

 何より国家権力が入ってしまった以上、もうこの勇敢な近衛兵個人の良識だけでは刃向えません。その事を十分に理解している彼は諦めることにしました。近衛兵には腕っぷしだけでは成れません。


「聖女様が王子様を助けてくれるのなら、我々も安心です。して、具体的にはどうやって、王子様を奪還するのですか? 相手は悪の魔法使いです。いくらでも卑怯なことをしてくることでしょう。」


 王様および臣下の者達一番の心配は、人質にされた王子様が、何かの拍子に殺されてしまうことです。

 ですが流石は聖女様。何の不安も無いように、そして不安を与えないようににこやかな笑顔のまま言い切りました。


「大丈夫です。あの森に住まう者は悪の魔法使い。私の神の加護を受けた聖なる御力の前に悪の魔法は通用しません。」


 魔王を倒すのは、必ず勇者の光の剣です。理屈は分かりませんが、魔王は聖なる力の前には抵抗できません。魔王は最後には打ち倒される運命にあり、それは決まって邪悪なる企みを持つ悪です。聖女様は人々が信仰する神の代弁者。「善」の象徴そのものです。


「いつの世でもそうであるように、聖なる力の勝利をお待ちください」


 にこやかな聖女様には見る者すべてを無条件に信じさせる、そんな不思議な力がありました。そう、悪は打ち倒されるのです。「聖なる」御力にはね。


「それではオジサ…… 王子様の奪還準備を始めます。……その前に王子のために殉じた勇敢なる一人の英霊に祈りをささげさせてもらえないでしょうか」


……今「オジサマ引換券」と言いかけましたね? 真実の「聖」は一体どこにあるのでしょうか。



 玉座の間から退出した聖女様は城内の至る所で声をかけられます。その度にその笑顔で応えます。城は暫し、聖女様のお陰でまったり雰囲気に包まれました。






 ******





 王子様がさらわれてもう三日経ちました。

 散らかり放題だった魔女アリスのお家の掃除もとうとう終わってひと段落した頃のことです。突然、女の人が魔女の家に入ってきました。正面玄関からいらっしゃいませ! おひとり様ですか?!


「王子様を返しなさいッ!」


 どうやら刺客です。プラチナブロンドヘヤーの美女。王子様との結婚を狙う女たちの一人でしょう。その美女は拳銃を片手に魔女へと向かっていきましたが、さっきまで掃除をしていたのでアリスは丸腰です。ピエトロは慌てました。


「ご、ご主人!」


 この距離ではどんな下手クソが撃ったとしても命中確実。間に合いません。魔女アリスも絶体絶命、と思われたその時、魔女はやっと魔法を使いました。

 彼女の右手は光に包まれ、家の奥からも同じように光が放たれました。光っていたのはほんの少しの間で、光が失われた時には魔女アリスの右手には黒い何かが握られ、指はそのトリガーに掛かっています。ぱぱぱっと軽い破裂音が部屋を満たし、きんきんきん、と床に金属物が落ちる音が続きます。


 使った魔法は召喚魔法。呼び出されたものは魔女アリスが愛用する黒いマシンガン。


 それを腹にぶっ放された美女はぱたりと倒れ、どくどくとフレッシュな血溜りを作ります。痙攣するようにびくびくっ、と動いていましたが、すぐに止まってしまいました。


「迷いの森を通り抜けてきたのは褒めてあげるけど、無謀で無策なのはいけないわ。運だけでここに来たのでは殺してくれと言うようなものよ」

「あーあ、そこ、ピエトロと一緒に拭き掃除したのに……」

「全くよ、血のシミはなかなか取れないのよ。これならマシンガンじゃなくて、爆弾を使えば良かったわ」

「いやいや、アリス。爆弾だと部屋が丸ごとダメになるからよくないよ」

「ご、ご主人。ボクがこの人、ちゃんと埋葬するから! コレご飯ねとかは勘弁だよ!」

「四の五の言わずに薬莢を片付けなさい。そうじゃなければそれがご飯よ」

 王子様はだいぶ魔女アリスの思考に慣れたようです。アリスは薬莢が詰まジャムらないようマシンガンの手入れを欠かしません。ピエトロは急いで箒とチリトリを取りに部屋の奥に向かいます。ご飯に深いトラウマを持ったようです。奇妙な魔法使いパーティがここに結成。





……聖女よ、この魔女は攻撃に魔法を使わないぞ!


第十三話 ~原案~ アグァ・イスラ(水島 牡丹)様

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