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孤独と異端・3

「ふうむ。資金が勝手に集まってくれるか」

「まあ、何がしかの利権を期待して持ってくるんでしょうけどね。持って来てくれたって何もお約束できませんから、おやめなさいとは言うんですが……最近は純粋に私の行為に賛同して協力しようと言う奇特な方も居られるようです。でもだからって、そういう方の場合でも官職の口利きなんてしませんけどね」

「する気はなくても、お前の傍をうろうろしていたら、誰かが目に留めてくれるかもしれないという期待感は有るのだろうなあ……スルギが褒めた人物の事は、何かしら登用している。それを口利きと言われると心外だろうが」


 正邦様がおっしゃるように、傍をうろうろすると効果が有ると思われているのかなあ?

 気にしたらキリが無い。この国では汚職や利権にたかるのは当たり前なのだ。少なくとも、自分としては口利きで手間賃を稼ぐみたいな、けち臭い事はしたくない。でも、優れた人物なら積極的に官職を世話しても良いような気がしてきた。


「成明の側に有能な若い人材がもっと欲しい所だ」

 正邦様のおっしゃる事も、もっともだ。


「下の王子二人だが、政争の道具にされないように良く気をつけないといけないな」

「兄弟で相争う悲劇は、決して繰り返したくないですからね。少なくとも今、そんな内輪もめを起こしていられるような甘い状況ではないと、会う人ごとに言ってますが、どの程度皆の理解を得ているでしょうか?」


 この二百年近くは母親が同じ王子同士の王位争いは無いが、この王朝の初期にはそうした大きな争いも有った。確かにそんな争いは何としても防ぎたい。だが、大妃様の御子様たちは「政争を未然に防ぐ」意図で幼いうちに殺害されたのだ。勝手に大義名分を付けられて、子供らを殺害されるのも、真っ平ごめんだ。


「スルギ、前々から思っていたのだが……中宮と同格の妃として後宮に入る気はないか?」

「ですが、それでは中宮の立場が無いでは有りませんか。中宮は穏やかに平和に後宮をまとめておいでだと思いますし、そこへただでさえ色々と身辺が騒がしい私が後宮に入り込んだら、ろくな事は無い様に思います」

「だが、実質、妻らしい妻はお前だけなのだがなあ。もはや別の女と共に寝る気も無いし」

「すぐにシワシワの老婆になってしまいますよ」

「お前より私の方がずっと年上なのだから、お前が老婆なら、私もヨボヨボのジジイだ。似合いではないか」

「まあ、それはさておき……東宮の母と、後宮の頂点に立つものと、毎晩国王が同衾するものが同じと言うのは、この国の宮中にいる他の人間達にとって、好ましい事態ではないと思うのです」

「お前が校書館で色々な人間を招いたことで、以前のような本貫ごとに凝り固まった派閥争いは影を潜めているとは思うのだがな」

「少なくとも、正邦様と毎晩安らかに眠るためには、色々と小細工もまだ必要だと思っています」


 派閥争いは、影を潜めたというより、変質したのだ。特に西洋文明に対する態度の違いで。


 西洋的な学問を異端視して「女の癖に」表の世界で自由に振舞う私を、生理的に受け付けないらしい自称「正当な儒者」たちのグループがある。厄介ごとの中心になりそうな人間は早めに利権や官職で吊るので、余り大きな組織にはならないですんでいるが、目を離すととんでもない所で足をすくわれかねない。

 それにしても、自称まともな儒者が賄賂に弱いのはお笑い種だ。

 かねてから心配していたように、西洋との距離感が適切に保てない連中もいる。キリスト教の宣教師にのめり込んでいる連中だ。布教にやってきた連中の中には、植民地獲得とは関係無しに「福音をもたらすため」この国に来たと本気で思っている宣教師も混じっているのが厄介だ。宣教師達が絶対に表ざたにしたがらない、海外での植民地政策や奴隷貿易の極悪非道な実態を定期的に宣伝するようにしているが……

 ともかく、西洋人の居住地域は厳しく限定している。それは今後も緩め無い方が、安全だろう。


 最近では、宮中の中にもキリスト教がじわじわ浸透しつつあるのが要注意だ。キリストの教えは無論偉大で結構なものだが、それが植民地政策と一体化しているのが困りものだ。

「ローマ帝国では奴隷の宗教などと言われていたぐらいですから、虐げられたものには魅力的な教えですよね」

「お前、東宮にもっと張り付いたほうが良いぞ。それこそ勝手にキリスト教徒にでもなられてみろ、厄介ではないか。今こそ、お前に世子侍講院の傅になって貰おう。うむ。それが良い」


 実の母親が守り役っていうのも、何か茶番めいているが、悪くない手だと思う。


「母上が引き受けてくださって、私は嬉しいです」

 まだ幼い成明は素直に喜んだ。毎朝ちゃんと大妃様と中宮には挨拶をしているのは結構だと褒めておく。

「銀龍とは、仲良くやれそうですか?」

「ええ。私は気にしないのですが、銀龍が乱暴で行儀が悪いと、時折忍和……朴尚宮がきつく叱るのです」


 忍和の息子・銀龍は勉強仲間で遊び仲間と言う事で、毎日伯父である判内侍府事の邸から通ってきている。

 成明と私は誰も盗み聞きしていないと確信が持てると、ざっくばらんな調子で話すようにはしている。


「判内侍府事は、どう言ってるの?」

「朴尚宮に任せればよいのだと言ってけれど」

「ならば、それで大丈夫じゃないかな? 私は正直な話、東宮の立場に立ったことが有るわけじゃないから。はっきりとこうだって、自信を持って言えないけれど……父上と今度お話したら? 経験者じゃないとわかんない事ってきっと有るよ」


 誰かの足音がすると、また「東宮様」に対する丁寧な言葉に戻る。


「敬語というのも、良し悪しですね。何だか互いが遠い人になってしまうような、そんな寂しさが有ります」

「だから、東宮様、銀龍のちょっとお行儀の悪い言葉も、うれしくお感じになるのですね?」

「そう、そうなのです。母……もとい、大状元」


 私が傅になってから、意識的に東宮となった成明を校書館の講演会や勉強会に連れ出している。

 警備上の問題が無い割に、国内全土の様々な人と会う事が出来るからだ。治山治水に興味を持ってくれたのは、思わぬ収穫であったと思う。千字文だの四書五経だのは、一応教える程度にとどめ、数学や統計学、地理・歴史、はては医学や商業についても基礎的な事柄を教える事にした。

 保守的な儒者たちは良い顔をしなかったが、実学派の力はここ数年で確実に大きくなっている。若い儒者たちは知的な好奇心も有って「儒学も実学も大事です」という私の言葉につられるらしい。実際、知的好奇心を刺激するテキストをそれこそ金に糸目をつけず校書館に集めた効果も有ったようだ。


 明らかに、派閥抗争もちょっと前とは様相が変わって来た。

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