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孤独と異端・2

 成明は無事に数えで五歳を迎え、その年の秋に正式に王世子となり、新中宮の猶子ゆうしとなった。新中宮は成明の生母が私で有る事を承知している。


 第二王子も無事に生まれ、既に三歳だ。名前は成仁ソンインと言う。第三王子の成平ソンピョンも無事に生まれたので「そろそろ母君を披露なさるべきでは」という話もちらほら出たが、披露すれば後宮に入らざるを得ない。それでは、思うように活動が出来なくなる。

 実情は、気が付いている者は居るし、知っている者は知っているが、公の場所で大状元が世子の生母だと言う者は、居ない。


「そろそろ御秘蔵の王子様を御披露ください。この爺も目の黒い内に次代の聖君となられる方にご挨拶を申し上げたいものです」

 余命いくばくも無いと言われながら、どうにか無事にここ数年を過ごしてきた金領議政は、立太子式に出席して、役目を果たしてから眠るように安らかに亡くなった。


 相次ぐようにして、大王大妃様も亡くなられた。


「良き王子を三人も生んでくれて、ありがとう」


 それが私への最後の御言葉だった。風変りで奇妙ではあるが、やはりあの方の頭の中では、私は孫の嫁だったのだろう。逆に言って王子を産んでいなければ、私を強力に擁護して下さる事も、無かったのかもしれない。



 丸一年の服喪の後、成明は忍和と共に東宮殿に移った。


 中宮は毎朝王世子の挨拶を受ける立場だが、私は「臣下」なので出向く必要が有る。


「最初は、御邸を恋しがって泣いておられましたが、今はお慣れになりました」


 忍和はそう報告したが、やはり毎日様子を見ないと心配なので、なるべく昼食を一緒に取るようにしている。どうやら宮中では自分の母を、大状元と呼ばなくてはいけないのが、かなり負担らしい。二人きりの時なら、母上と呼んでも良いが、よく周りを確かめなさいと言っておいた。


「どのような呼び方をなさっても、私は必ず世子様の味方なのですからね」と言って抱きしめてやると、安心した顔つきになった。正邦様に特に願って「弟たちに会いに行くために」三日に一度は、邸に泊まる事を、当分の間は認めてもらう事になった。


「大王大妃様ならお怒りになっただろうが……その程度のことは構わないと思うのだ」


 正邦様も、親子兄弟揃った時間をお持ちになりたいご様子だった。 


「成長したら、嫌でも親子別々に暮らさざるを得ないのだからな、急ぐ必要はない」


 後宮の他の方々の所に、もう夜の御渡りはずっと無い。相変わらず私は、正邦様と共寝を続けている。嘗てと違うのは、後宮の妃たちは私が東宮の生母で女だと知っている点だ。その事が、どのような恐ろしい結果に結びつくのだろうかと、実を言うと戦々恐々としているが、今の所は……平和だ。


「沈家の処分の仕方が、良かったのだろうよ。他の罪が有る連中にも、証拠を突きつけておいて黙らせたからな」


 大半の廷臣が、脛に傷を持っている。それを穿り返されたくなかったら、大状元が女である事を公言するなと、正邦様は釘を刺されたのだ。


 相変わらず、私は異端の内侍、風変りな医者で、校書館の提調で、やたら位だけは高いという奇妙な存在として、表での活動を続けている。私と言う存在がこの世界に介在する事で、色々な事が変化してしまったのだろう。

 商業・工業はあちらの元の世界での状況より、相当にマシになったと思う。井戸水のくみ上げポンプも、荷車も、灌漑用の水車も、そして焼酎も、どうにか事業化に成功した。

 サツマイモ・ジャガイモ・トウモロコシの導入も、本格化した。


 だが……この国独自の優れた医学書『東医宝鑑』が出現していないのだ。

 過去の内医院の記録に著者であるはずの人物・許浚先生の名前も見当たらないのだ。秀吉の出兵がこちらでは興らなかった事とあるいはリンクしているのかもしれない。

 明の『本草綱目』はちゃんとこちらにも存在する。更に散逸したとされた『医方類聚』は見つかった。だが『医方類聚』は使い勝手が悪い。郷薬と呼ばれる、この国の薬物で出来る治療法について、ちゃんとまとめ上げる必要がある。


「この国の実情に即した医学書ですか」

「うん。この国の野山に生え、比較的たやすく手に入る薬草で、かなりの事が出来るけど、それを皆に正確に伝える様な書物が作りたい」


 内医院で話を持ちかけると、若者を中心に協力を申し出てくれる者が幾人も出た。皆、かねてから同じような事を感じていたらしい。


「貧しい人々に対しての治療を行っておりますと、身近な薬草を上手に使えば、うんと症状が良くなるような場合でも、それを知らずに、いらざる苦労をしていると感じた事が度々有ります」


 許先生のお作りになったものとは、かなり趣は違うが「実用的な医学書」の編纂を目指す事になった。実証的で実用的な記述を目指すが、西洋医学の研究成果を相当盛り込む事になりそうだ。


「あの化粧気ひとつない内侍のなりで、王様をどう籠絡したのやら。医者は色々な秘術を知っているから、妙な細工をあれこれしたのかもしれない」


 そんな事を降格された沈貴人と金昭儀は言っているらしいが、噂をした当日中に報告が来るぐらい、実家のサポートが期待できなくなった二人は後宮での力を失っているのだ。まあ、そんな話なら言わせておけば良い。


 大きな変化は、私が東宮の実母で有ると知って、金品を持って擦り寄る人間が急に増えた事だろうか。鬱陶しいが、使わない手は無い。


「御寄付はありがたく頂戴して、皆、貧民救済のために有意義に使わせて頂きます」 


 そう宣言して、二十一世紀の政治資金規正法並みの厳しいルールで、綿密な帳簿をつけ、それを毎月公開する事にした。宣言通り、社会事業の資金に充てるので、貧しい村の井戸を衛生的な閉鎖式に変える計画が予定より早く進み、医療奉仕の範囲も広げる事が出来た。そして、正邦様と二人きりになる時以外は、地味な男装束で通した。


「あの人は自分で大金を儲けるせいか、普通のお偉方と感覚が違いすぎて、戸惑う」

「物はめったに受け取ってもらえない。よほど珍しい薬か、書物でもないと」

「それも寄付してしまうようだし……調子が狂う」

「変な方だ。理解に苦しむ」


 そんな噂が飛び交っているそうな。

 だが、誰に何を言われても、私は自分で正しいと思う方法を通している。


 二男の成仁は、薬草畑が大好きだ。そこには大好きな姉上たちも来てくれるかららしい。抱っこもおんぶもしてくれるし、遊んでくれる。危ない薬草を舐めようとしたら、すかさずこんな言葉も飛んでくる。


「仁ちゃん、それは舐めちゃだめよ。お腹を壊しますからね」


 幼い彼は姉上たちに猫かわいがりされて、平和に暮らしている。

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