表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/88

気の長い話・7

「でも、それが真実でも、生母が同じならば兄弟の血縁関係は有る筈じゃないですか」


 洪善道が言う。そこで、知宣は最初の正室腹で実父は王族である事、徳宣の母は正室と瓜二つの異母妹の妓生で、表向きは正室腹扱いになっている事、貴人は二番目の王族出身の正室腹で、武宣は最初の正室に仕えていた女が生んだもので、武宣の母を最近三度目の正室に直したこと、などなど、沈家のややこしい事情を韓明文が手際良く説明した。すると……奇妙な事に、洪善道の顔つきが心なしか険しくなったように思われた。



「ふむ。なんだか、出生の秘密が関わって居るのかして、徳宣と貴人の間には今も確執が有るのかしら」

「そうですね。徳宣殿は自分の子を孕んだ女を殺害したのは、貴人様の手の物だと信じているようです」


 そうか、韓明文はかなり徳宣とも近頃は話をするのであったな……


「徳宣の中のよそよそしい気持が『他の兄弟達と血のつながりが無い』発言になったものだろうか。こちらが何も知らぬうちから、わざわざそのような家の事情を打ち明けるとは……」

「王様……」

 洪善道は、顔が真っ青だった。

「お人払いを願います」

「どうした? 」


 いつも明るい彼にしては、実に奇妙だ。スルギも驚いたのだろう。


「では、私達は薬房の方におります。終わりましたら、洪殿が呼びに来て下さい」


 すぐに洪善道を残して、皆、居なくなった。


「何だ? 皆に聞かせたくない話とは」

「私の体にも、そのような……炎のような痣がございます」


「失礼いたします」と言う掛け声と共に、パジを勢いよく捲り上げ、左太腿の赤い痣を私に見せた。沈貴人が中宮であった頃に見たものと、非常に似ていた。


 洪善道は「御無礼いたしました」と言って衣文を整えてから、再び話し始めた。


「かつて士大夫の家ばかりを襲い、その家の夫人を凌辱する賊が、都で暴れておりました。父は役目柄、夜不在である事も多く、そうした隙を狙われて、我が家も襲われました……その十か月程後に生まれましたのが、私です」

「それを知ったのは、いつだ」

「王様から直接の密命を頂くようになって以降の事です……ですが考えてみますと、兄も姉も、そして両親も……時折、気遣うような哀れむような視線で私を凝視する事が御座いました」

「ふうむ。官吏となるまで知らなかったとは、洪家の皆は、度量が広く情けが深いのだな」

「父に確認はしておりませんが、おおよそ間違いはなかろうかと」

「そうか。漢城府判尹は、たしか漢城府勤め一筋であったか?」

「さようでございます」

「では、明日にでも洪判尹に話を聞こう。事情を知っていて、なお実の子として育てた理由というのも知りたいからな……ああ、そうした事情が有っても、お前を将来、成明の身近に配するのは予定通りだからな」


 号泣と言って良い程の泣き声が、しばらく続いた。

 本人に何の罪科が無くとも、生まれと言う物は、この国において重いくびきなのだ。


「涙をぬぐってから、皆を呼びに行けよ」

 

 返事をして、また、泣き方が酷くなったのは、少々戸惑った。 

 だが、皆を呼んで戻った後の善道は、打って変わったように明るい顔つきだった。


「すみません。私は……話の内容が聞こえてしまいました」


 皆が帰った後、スルギはすまなそうに私に言った。そうだ。スルギは地獄耳だった。だが、何も困らないが。


「聞かなかったふりをしておいてくれれば、それで良い」




 翌日、私は漢城府判尹・洪仁謙ホン・インキョムと二人きりで面会した。


「息子から事情は聞いておるか?」

「はっ、おおよその所は」

「漢城府勤めが長いそちなら、その賊の人となりや素性も存じて居るのか?」

「細かな所まではわかりませんが……」


 男、善道と貴人の実の父親であるらしき賊だが、その男はどこかの百姓の妻が、旅の士大夫に凌辱されて生まれたものらしい。恥ずべき事にこの国には、身分の低い者の意志も道徳も婦道も踏みにじっても、意に介さない者が多すぎる。その男は体の炎のような痣の故か、気性が激しく、すぐに悪の道に染まり、若いうちから賊の頭になったようだ。


「一度捉え、獄につなぎましたが、放火され、逃げられました」


 獄につないでいる間、責め立てたが、むしろどこそこの奥方を手籠めにしただの、孕ませたのと、自慢げであったという。


「さよう、まだ若かった私自身が直接聞き取っただけでも、被害を受けた奥方は五十名を超えていたようです」


 身分の恨みが強いらしく、凌辱するのは必ずその押し入った邸の正妻なのだという。

 

「善道の母は、先妻の従姉妹でございまして、幼いころから私を御兄様と呼び『大きくなったら御兄様のお嫁さんにしてください』と申しておりました。そのころは先妻が健在でしたから、無理だと申しますと『では、側女にしてください』と言われてしまいまして、困りました」


 先の正妻が息を引き取る時の遺言と、洪判尹自身が憎からず思っていた事も有って、後妻に迎えたらしい。


「奴めは、そうした折を狙っておりましたのでしょう」


 火賊が出たとの報に基づき、邸を空け捕縛に向かった所、新婚の若い妻がいる留守宅に押し入られたのだ。


「帰宅いたしますと、家じゅうが火の消えたようで、陰鬱な雰囲気でした。自害すると言う妻を、先妻の残した子供らが必死で押さえておりました」


 それ以降、子供らは後妻を大切に扱い、後妻もそれによく応えた。使用人も皆、その夜の事は触れるものが居なかったと言う。


「日に日に大きくなる腹を見て、薬で流そうか私も妻も迷いましたが……決意が出来ませんで……生まれたのが善道でございます。顔を見ましたら、この子は血は繋がらずとも、息子だと思い定める事が出来ました」


「生まれてきた子に罪はございませんから」と晴れやかに言う洪判尹を見て、善道とは血の繋がりは無くとも、父子なのだと納得させられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ