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気の長い話・2

「この国が出来てとうに二百年は過ぎている。今の馬鹿げた朝廷の有様もそれなりの歴史が有るのだ。困った伝統だがな。その積もり積もったものを、わずかな期間でどうにかしようなどと思わない方が良い。スルギの撒いた種が、後の世の心ある人間たちによって育つような道筋をつける、そんな感じで良いのではないか?」

「ある程度の大きさに育てておかないと、また泥まみれになり、踏みにじられておしまいのような、そんな怖さを感じます」

「そこまでこの国の民が愚か者ばかりだとは思わない。いや、思いたくないのだ。いかにみじめでも、自分の国だからな」


 清の命令で建てた『大清皇帝功徳碑』には、皇帝に対して三跪九叩頭の礼を行い許しを乞う敗戦後の王の姿が刻まれている。その大きな傷から立ち直れずにいるのに、その当時の国際情勢の判断の誤りを真摯に認めようともせず、「功臣の子孫」どもは宮中に根を張り続けているのだ。染みついた汚れの様に洗い落とすことが出来ない厄介な存在だ。短気を起こすと、スルギの祖父である先々代様のように「反正」の名のもとに、粛清され排除されてしまう。


「暴君」とされる王の直系の孫娘だというスルギの血筋の厄介さは、よくよく気を付けないと、他人の足を引っ張る事だけは得意な連中に、追い落としの口実を与えかねないことにある。


 そもそも「暴君」とされる先々代は明が清に敗北すると読んでいたのだ。その認識は正しかったが、長年明の模範的な属国であった事を誇りとするような連中には、北の蛮族が中華の主となるなど、認めがたかったのだろう。

 国論が二分したが、それをうまく収拾できなかった先々代は、果てしない派閥抗争に火をつける結果を招いた。周辺で王族も巻き込んだ呪詛や毒殺事件が繰り返され、誰ひとり信じられるものの居なくなった王の精神は異常をきたしたようだ。いや、心身に異常をきたす薬物を王の食事に混ぜて居た者がいた可能性が高い。

 信じられぬ側仕えの物を者をいきなり切り殺すという凶行に出たと言うが、今となっては真実は闇の彼方だ。


 この国の病は、それほどに深いと言う事だ。王が正しい事を主張しても、「功臣」どもの意に適わなければ、何をされるかわからない。


 以前、スルギに言われた事が有る。


「そもそもこの国の国号も明から押し付けられたものを、使っているに過ぎませんよね」


 そうなのだ。国号自体にそもそも、明国から賜ったものだ。「崇明派」はそれを悲しいとは思わないのだろう。


「初代と二代目の王は、明の皇帝には『王の代理』としか見てもらえなかった。屈辱的な交渉を経たのにな」

「その明との屈辱的な歴史を直視せず病的にありがたがり、既に強国である清を過小評価する困った連中は、いっその事、清へ遣いに出しますか? 愚か者でも現実を見れば、目も覚めましょう」


 そのスルギの提案は実行に値すると思い、その後さっそく、未だに根強い「崇明排清」派の学者と官僚を清国皇帝へ新年を賀するための使者に同行させた。本人たちは嫌がったが「国を代表する立派な見識の持ち主たちに清をよく観察してほしい」とおだてつつ、絹だの銀だの支度のために多めに財物を遣わしておいた。

 連中は偉そうに色々言うくせに、物欲に弱く、多少の物や金銀で態度が大きく変化するのだ。そうした節操の無さを恥ずる気持も無いのが、私は嫌でたまらないが、宮中の大半はそうした人種だ。見て見ぬふりをして、いざとなったら金品を掴ませて大人しくさせるのが、スルギではないが「一番現実的」なのだろう。


 新中宮が保養のために旅立った後、梅の咲くころになって、連中が戻ってきた。


「あの、清に行っていた愚か者どもが戻って来たぞ。言う事が全く変わってしまった。あきれるほどだ。今度は清の皇帝の靴底でも舐めかねない勢いで、清を崇め奉っている。その清を虎視眈々と狙う、西洋の列強の事は、まるで目に入らなかった様だ。愚かで卑屈で情けない連中だ」

「でも、ともかく、清との取引を感情的に非難する人間が減ってくれて、助かります」

「寒さが緩んで、これからはもう少し長閑な気分になれるかな」

「さあ、どうでしょう? かえって大忙しかもしれませんよ」

「それはそうだろうが、気分だけでも長閑にと言う事だ」

「ああ、それは良いのかもしれませんね。いつもあくせくしていては、体にも良くないでしょうから」

「では、たまにはのんびりしないか? 一日位仕事を休んでも良かろうが?」


 急にスルギが身を固くした。

「隣の部屋に何者かが忍び込みました」

 素早く立って、隣の部屋を戸の隙間から覗き込む。

「知っているものです。母親がかなり重症の患者なのです。声をかけてみます」

 さっさと刀を取り、男装束を手に取って着てしまったらしい。私には暗過ぎて良くはわからないのだが……


「おい、ナミル、そこで何をしている? 薬なら一月分渡したはずだが、何か有ったのか」

「え? ええ? その声はヨンス先生じゃありませんか?」

「お前、こんなところになぜ忍び込んだのだ?」

「ここになら、珍しい薬がたんまり有るって聞かされまして……」

「盗みか」

「すみません」

「素人が薬草を見極める事など、まずできんぞ。誰だ、お前にここに忍び込むようにそそのかしたのは?」


 その、ナミルは右議政が資金提供を受けていると言う噂の、薬商人の名前を出した。


「ふん、張盛チャン・ソンか。西洋からの特別な薬でも狙ったかな? だがなぜ、盗みを引き受けた?もう足は洗っていただろうに」

「博打で派手に負けまして……チャンの旦那に立て替えて頂いた代わりに、言う事を聞かないと家に火をかけ、おふくろを焼き殺すと脅されまして」

「お前……イカサマに引っかかったな。チャンが手下に仕切らせている博打場では良く有るらしいぞ」

「えええ?そうなんですか、先生!」

「ああ。お前そんな話も知らないのか」

「そ、それはそうと、先生、こちらは随分立派な御邸だが、どなたの御邸で?」

「私の邸だよ」

「ええ?」

「明かりをつけようか。まあ、せっかくだから、酒の一杯も飲んで行け」

 スルギは何か考え付いたらしい。侍女を呼んで、居間の方に酒の支度をさせた。

「さあ、この子の後についてお行き。好きなように飲んで食べてくれてよいからね」

 

 男が侍女について部屋を去った後、スルギは戻ってきた。

「珍客を、どういたしましょうか? かつては怪盗とか言われた男のようですが、親孝行ですから、母の治療を面倒見るのを引き換えに、足を洗わせました。細工物なども上手い器用な男です。ですが、博打がやめられないようでして、困ったものですね」

「私も一緒に酒を飲もうかな」

「どなた様だと申したら宜しいですか?」

「お前の友で、深酒をして泊まっていた事にしろ。ヨンス先生を内侍だと思っているのだよな?」

「女だと気付かれていないと思います」

「なら、それで良い。さあ、行こうか」


 スルギは部屋を出る前に再び侍女を呼び「夜中に悪いが急にお酒を頂くことになったので、幾つか温かい料理を用意するように」と言いつけ、銀の小粒を駄賃にやった。

 


左議政を右議政に変更しました。

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