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新しい風・1

 やけにあっさりと中宮の交代が決まった。しっかりと権力を握っているはずの沈家と、どのような闇取引が有ったものか、拍子抜けする程だった。

 沈中宮は貴人に、金昌嬪は昭儀に、それぞれ二段階格下げとなった。翁主や親兄弟には「あずかり知らぬ事であった」として一切おとがめは無かった。

 それでも領議政は孫娘の不始末に恐縮して辞職を申し出たが、慰留された。もうすでに高齢で、体も弱っており、余命幾ばくも無いのは誰にも明らかだった。恨みを買い、事を必要以上に荒立てたくない……そんな正邦様の思惑もお有りだったのだろう。

 一方で、沈家は沈黙を通した。



 その前後に「沈中宮は右議政の実子ではない」と言う怪情報、いや事実らしいから怪情報とも言えないが、ともかくもトップシークレットであったはずの事が噂になった。これは判内侍府事と忍和の仕業らしい。

「おぼれた犬は叩け」という国柄らしいやり方だが、やはりあまり気分の良いものではない。だが、そう感じているのはどうやら私だけらしい。倭国の言葉が流暢な翻訳官に「大状元様は倭国の侍のようなところがお有りですな」と言われてしまった。無意識に前世の倫理観価値観を受け継いでいるのだろう。

 あの風流貴公子の次男・沈徳宣が、私の方にすり寄っているのも、あるいは関係しているのかもしれない。


 成明は新中宮の猶子ゆうしとなる予定だ。養子とは違い苗字が変わるわけではない。そもそもこの国では養子は一般的ではない。政治的な意味合いでの後見人と言った所だ。王世子となる成明の安全のためだ。

 新中宮は申貴人に引き受けてもらった。儀式などは再び寒くなる時期を迎えて、申貴人が都に戻る時期になるだろう。


「実母は当分伏せておこう。今のような調子では、意外にその期間が長引くかもしれんが。そして、大状元は世子侍講院傅とする予定なので、ぜひとも武科殿試も良い成績で及第して欲しい」


 世子侍講院の傅と言うのは、東宮つまり世子のための学問所のナンバーツーだ。過去の例を見ればトップの師と言うのは領議政が兼任するものだ。傅も左右議政のどちらかが兼任する物であったが、何やら理由を付けて私にその役職を与えてくれるらしい。そのためには、官位が正一品でなければならないはずなのだ。

 領議政の金家と、右議政の沈家がスキャンダルで発言権が低下した隙に、私をねじ込むおつもりなのだろう。

「救荒作物の普及など、大状元の民の飢餓を救うために果たした役割は大きかった」と言う名目で、つい先ごろ従一品に位を上げていただいたのは、世子侍講院傅着任を睨んでの事だと思われる。


 寒さが和らぐ頃、私は子供向けの教科書類の編纂事業をはじめた。四書五経や漢詩文ばかりの教育ではなく、もっと「読み・書き・そろばん」的な実用的な教科書が必要だと感じたのだ。識字率の向上が貧困からの脱却に大きな力となるのは、言うまでも無い。


 和恵翁主・善恵翁主の二人は母の申貴人に同行しなかった。本人たちの希望も有り、かねてから私の弟子で友人を自認していた順恵翁主と共に、私が学問を教えることになったのだ。さすがに毎日は無理なので、三日に一回、場所が広い割に人が少ない大妃様のお住まいの一部屋を、学問所としてお借りする。


「お姉様方は新しい中宮様が中宮殿にお入りになれば、公主様ですね」

「何を言うの。今までと同じようにお姉さまと呼んで頂戴」

「そうよ、同じお父様の娘ですもの、そんな事、気にしないで」

「でも……御付きや下仕え達は、そうは思わないと思います」


 これほど幼いうちから、細かな身分の差別を強く意識させられる社会というのは、嫌な社会だと感じるが、それを公言するとこの国では「過激派」とみなされるのは間違いない。それでなくても、私は既にそうみなされているのだ。

「和恵様、善恵様のお優しいお気持ちは、何よりも尊いものです。どうかこれからもずっと、そのお気持ちを大切になさって下さい。順恵様はお姉さま方のお優しいお気持ちを素直にお受けなさいね。確かに、お姉さま方に仕える者がいる場所や、儀式の折は『公主様』とお呼びするべきですけどね」


 そんな話をしてから、この国の地図を広げて、地球儀を持ち出し、主な地名を書き出してゆく。この国には黒板も何もないが、黒板のような形の看板状の物を作らせ、そこに紙で書いたものを張り、指示して授業をする。まだ教科書は完成していないのだ。


「女の王様っていないのよね。やっぱり女はじっと家の中に居なくてはいけないものなのかしら」

「むかしむかしは女王様もおいでだったのですよ。今の八道が三つの国に分かれていたころの事ですが」

「なぜ今は、女の王様はダメなのかしら?」

「この王家を最初に作られた初代様が、儒教を国の教えとする。男女の区別をはっきりすると定められたからでしょうね」

「初代様は男でいらしたから、女の事はお分かりにならなかったのよねきっと」

「これ、怒られるわよ」

「ああ、私は怒りませんよ。でも怒る先生方も多いでしょうね。戦の後に国が出来ましたから、戦場で戦わない女は男より価値が低いようにお感じになったのかもしれませんね。でも、どんな偉い方だって、女の人が生んで育てていますのに」

「女も戦うことは出来ないの? 」

「出来ると思いますよ。昔は戦で戦った女王様やお妃様もいらっしゃったようですから」


 そして、私はかつて偉大な女王が住む都が有った場所や、勇ましい妃が戦った場所などを地図を見せながら紹介した。三人とも目をキラキラさせて熱心に話を聞いてくれた。


「よその国に人質にやられたり、家臣に裏切られたり、みなさん大変でいらしたのね」

「でも、女でも大きな仕事が出来て、羨ましいなあ。私は昔に生まれたかった」

「今は戦をする女王様の時代ではないようですよ。臣下の知恵と商いで国をうんと豊かにした女王様も、西洋にはいたようです」

 

 この姫君達が大人になるころには、少しは差別が少なくなってくれる事を、心から願っている。

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