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芸文館にて・2

「閑散としているなあ。まあ、読書には集中できるが」

「昨今はめぼしい連中は皆、校書館にいるのさ。我々の様に大状元からお声がかからなかった者だけが、ここに残っている、と言ったところか?」


 相変わらず定期的に美味い菓子を持ってきてはくれるので、こうやって茶を飲みながら話をするのだが。


「茶菓子は、なくなりそうになると良いころあいで、季節に応じた美味い物がちゃんと届くよな。何と言うか学者や官吏と言うより、目端の利いた商人のようだよな」


 確かに、余りにいつも間が良すぎて、ちょっとイヤミにも感じる。


「大状元はどういう基準で声をかけたり、かけなかったりするのだ?」

「まず、身分へのこだわりが少ない。白丁村の頭や、商人と席を並べても穏やかにしておれないと無理だ。身分の低い者へ拳や鞭を振るう輩は言語道断なそうな。それと外国語が出来る、あるいは一芸に秀でている、という条件が必須らしい」

「お前も、俺も無理だな。白丁と隣り合わせなど……出来ぬわ」

「お誘いは頂いたが、何やら色々課題が有りそうだし、気疲れしそうで俺は断った」

「気疲れ?」

「ああ。高名な在野の学者先生や大商人や、頑固な職人の頭や、その、何というかどう付き合ったら良いのか考えただけでも疲れてくる。誰もがあの大状元御自身が幾たびも使者を立て文を送られて、呼び寄せたというのだからな、機嫌を損ねたら大変だ」

「学者はともかく、商人・職人・白丁までも仲間内として認めよ、そう言う事だな」

「口に出しておおせにはならんが、目の前であの方が『先生』だの『殿』だのつけて、礼までなさるのだ。自然そうせざるを得なくなるではないか」


 それが最初からあの方の狙いなのだろうが、相当に激越だ。


「かねてからのあの方の持論だな。挙国一致で迫りくる西洋人ども相手に、攻め込ませないように知恵を絞らねばならんというのは」

「うむ。俺は昨日『講演会』なるものを聞いてきたぞ。講師を校書館の者同士で回り持ちで務めるらしい。昨日は商人だった。外国と我が国の貨幣の制度についての話だったが、興味深かったぞ。強国の貨幣は広い範囲で流布するのだな」

「明や遡って宋の時代の銭は今でもわが国でも流通するからな」

「絹織物や金銀の塊や粒を貨幣の代わりにしなくてはいけない状態というのは、西洋の強国ではまともに相手にされないほど、遅れた野蛮国の証拠だとみなされるらしい。我が国は貧しい小さな国ゆえ、貨幣を今この状態で鋳造してもうまく流通しないだろうと言う話だった」

「野蛮人どもに野蛮国呼ばわりされる覚えはないわ」

「そうは言うが、西洋の強国は皆、商人が国王の富を大きく増やしたそうな」

「大状元様が翻訳された『中南米暴虐記』を見ると、人事とは思えんがな」

「あの話、知り合いの翻訳官らに聞いてみたが、全くの実話らしい。恐ろしい事だ」

「あの本で紹介されたのは西班牙の暴虐の事例だが、英蘭両国は鉄砲・大砲で武装した商人連中が大きな船で船団を作り、組し易く領土とするとうまみが大きいと思う場所に押しかけるらしい。上陸した先で、かつての倭寇のような事をしでかす段階から、この頃はもっと巧妙で悪辣なやり口に変化しているそうな」

「どのような?」

「新たに堅固なとりでや、町を作り、文字を知らぬ民を手なづけるらしい。もといた王は傀儡として役立てるそうな。その際、天主教が大きな役割を果たすらしい」

「倭国で天主教が厳禁されたのは、南蛮・紅毛の輩の魂胆に気づいた王が激怒したかららしい。民を勝手に奴隷として船積みしていたのを目撃したそうな」

「倭の話は聞いたことが有る。だが、滅んだ明の宮廷では、重用された天主教の坊主も居たそうだが」


 そうした坊主達は、それなりに誠意を持って皇帝に仕えていたようにも聞く。


「明の皇帝に御意を得た連中は、中華の歴史や伝統に敬意を払ったが、その後、羅馬の天主教の大本山で宗門内の激しい論争が起ったそうな」

「ほう? どのような?」

「天主教を信じぬ国、連中からすると『化外の地』では、中南米でのような暴虐こそが正しいとされたそうな。明の官吏となった連中のような『生ぬるい懐柔策』は許されぬとな。奴らも一枚岩ではないから様々な考えの者がいる」

「だが、天主教の大本山での方針は大きな影響が有るのだろうな」

「大きいだろうが、紅毛人と言うのは大本山と喧嘩別れした連中らしいぞ」


 以前読んだ西洋の通史からすると、あちらも複雑な内部の事情が有りそうだ。


「羅馬の大本山と喧嘩別れした英蘭両国の武装した商人どもは、食い物に出来そうな外国を常に物色しているらしい。そのやり方は最小の労力で、どのように他国を食い物にするか巧妙に考えられているそうな。連中は自国の王の応援ばかりでなく、自国内から出資金を募って船団を仕立てるというぞ」

「倭国は自前で西洋と変わらぬ性能の鉄砲で武装して奴らを退けることに成功した。清は連中から見てもなかなかの強大な国家なので、西洋列強は様子見らしい。安南は既に王室のいざこざに仏蘭西人の天主教の坊主が加わって、安南王を仏蘭西の傀儡とする事に既に成功しているとか」 


 傀儡の王を頂く民の暮らしは、悲惨だろう。少なくとも良いとは思えない。


「大状元は、明と册封関係にあった安南国の事例を気にかけておられる。国の大きさが我が国と似通っているらしい。かつては自力で元の大軍を駆逐した歴史が有るそうだが、天主教の坊主の攻略に嵌ってしまった節が有る」

「どうやら、西洋人に『組みし易い』と舐められると、国が破滅しかねない、そう、大状元はお考えのようだ」

「そこで、挙国一致……か」

「馬鹿げた身内の争いに気を取られていると、王族だろうが士大夫だろうが、西洋人どもの奴婢にされてしまうかもしれんのだな」

「奴婢にして使役するのは流行らん。傀儡の王の宮廷を活用して、富を効率良く絞り上げるのが、今風だ」


 いずれにせよ、国難を避けるには挙国一致で臨むべき……と言う点は、皆の意見が一致した。

ベトナムの阮朝成立は1802年なんで、ちょっと話をはしょりすぎてますが、勘弁してやってください。


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