秘密がいっぱい・1
「ええ? 何それ、本当?」
薬草畑を手入れしながら、韓クンから沈家の複雑怪奇な家庭事情と、徳宣の非行歴について聞かされて、色々びっくりした。不倫相手との間に、隠し子も幾人か作っているようだ。
「本当です。昨夜は感激の母子初対面だったみたいです」
「いや、その、あの女将さんの生んだ息子が沈徳宣だったって、聞いてびっくりだけど、知宣が右議政の実子じゃないって……これまたびっくり」
あんまり複雑なんで、整理してみる。
・私を可愛がってくれたあの酷い腰痛持ちで、美熟女の妓楼の女将さんは、沈徳宣の実母
・亡くなった右議政の最初の正妻さんと女将さんは父親が共に金領議政の亡くなった兄さん。つまり腹違いの姉妹。正室腹が亡くなった正妻さんで、女将さんの母親は妓生。二人の容貌はそっくりらしい。
・知宣は右議政と血のつながりは無い。知宣は最初の正妻と戦死した婚約者の遺児。
「右議政と最初の奥方と戦死された忠安君様は、幼い頃は毎日のように仲睦まじく御一緒に遊び過ごされた仲でいらしたそうです」
清との間には幾度か大きな戦いがあったが、忠安君は若くして相思相愛の許婚を残したまま激戦地で戦死された。今も語り草になるような御立派な戦いぶりだったらしい。どうやらかなりのハンサムボーイでいらしたらしく、宮中の高齢者達から、その御名前を私も聞いた事が有る。
「最初の奥方様はその忠安君の許婚でいらしたのです。右議政は奥方様が懐妊なさったのも御承知で、妻に迎えられたらしいです。と言うのは、右議政にとって最初の奥方は初恋の大切な方だったようなのです」
この国では許婚に死なれた娘は未亡人と同じ扱いを受け、別の男との結婚は不道徳とみなされる。身分の高い家ほど、その取り決めをうるさく守るものだが……どこをどう工作したのか、右議政は初恋の人を妻にした。王族で親友でいわば国の英雄でも有る友人の遺児は、実子として育てた。その遺児が知宣と言うことだ。
「昨夜、女将に聞いたところでは、奥方はかつての婚約者の事を忘れかねていて、右議政は初恋の人でも有る奥方の御気持ちに遠慮がお有りになった。そのうち奥方によく顔が似た妓生、つまり今のあの女将ですが、と馴染まれ、徳宣殿が生まれたようです。その後、奥方と女将が実は腹違いの姉妹だと判明し、事情を察した奥方が御自分の実子として徳宣殿を扱われた……と言う事ですな」
その奥方は知宣・徳宣の幼い二人を残して、病死した。使用人たちは知宣の秘密は知らなかったが、徳宣の実母が妓生だった事は知っていたため、事有るごとにネタにしていびったらしい。そりゃあ、徳宣はひねくれるな。
特に中宮の生みの母親の二度目の奥方にくっついてきた連中が、徳宣を酷くいびったようだ。
「ちなみに今の三度目の奥方は、最初の奥方の乳母子だそうですよ。興入れの時、ついて来たんですな。そう言ういきさつの所為か、徳宣殿を何くれと無く庇ったようです。いつの頃からか右議政のお手がついて側室となり、武宣殿が生まれ、更につい最近正室になられたわけですな」
もっと、気になることが……
・中宮は他の兄弟達と血のつながりが無い?
「ねえ、血のつながりが無いって、右議政の子供じゃないって事?」
確かに……あの沈兄弟の妹にしては、平凡な容姿だとは思ってきたけれど……
「中宮様があまりにお気の毒だから、これ以上は勘弁してくれって、言われてしまいました。更には自分が悪いんだとも……」
さすがに徳宣が中宮の実父、なんて事は年齢的に有りえない。二人の年齢差は十年も無かったと思う。だが、悪かったって、何だ?
後は、私が蹴りを入れた件についての弁明が有ったらしい。
「つまり、懐妊していた下仕えはちゃんと引き取るつもりだったが、風聞を恐れた中宮の周囲の誰かに先手を打たれて、井戸に沈められた……つまり、自殺じゃ無くて他殺の線が濃いって事らしいです」
私はその二人の遺体は見ていない。内侍府の噂と記録で知っただけなのだ。記録では自殺とされていた。
「それから、姫君は真面目な気持ちでお付き合いして、正式に婚姻を申し入れたいと思っているうちに悪い評判が立ち、半ば強制的に姫君は『自害させられた』そうです」
これも、中宮周辺の連中の仕業じゃないかと徳宣は考えている。まあ、妊娠させた女性が居るのに別の女性と同時平行に付き合うって不誠実でイヤだけど、この国の士大夫階級の男としては非難されるほどでもないらしい。
恋人と縁が切れてしまった商人の娘は「身売りしたがっている美人の娘が居る」って持ちかけられたらしい。後から事実無根と判明したらしいが。まあ、自分のスケベ心を見透かされて陰謀を仕掛けられた徳宣も、間抜けと言えば、間抜けだ。
「この商人の娘の件も中宮周辺の人間の暗躍が有ったらしいです」
中宮は『お気の毒』な人で、徳宣はそれに関して何か責任が有る? 強く恨まれている?
「なぜ徳宣殿と三人の女性を不幸に陥れたのが『中宮の周辺』なのか、不思議に思って訊ねたのですが、答えませんでした」
「それにしても、私が蹴っ飛ばしたのは、行き過ぎだったな……」
情報の解析が不十分だったのは確かだ。沈徳宣はスケベだが、悪い奴でも無さそうだ。