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韓明文の見聞・5

「お前を議政府に送り込もうと思う。私の推薦だが父の承認も受けた。探花及第者だから領議政は、あの口うるさい方にしては珍しくすんなり応じて下さったし、事なかれ主義の左議政はお二人に従うさ」


 沈知宣殿がこの国の最高行政機関である議政府に送り込んで下さった所を見ると、報告のたびに怒ってばかりだったが一応大状元の監視役を果たしていると評価はされたのだろうか?

 あるいは現在自分が判書(長官)を務める礼曹に誘わないと言うのは、私とは多少距離を置くと言う事だろうか? そのあたりの微妙さは、どう考えるべきだろうか? 礼曹は王室の日常の事と儀礼が主な担当だ。中宮の身内として何がしか後ろ暗い工作に礼曹の連中を使っていたと踏んでいたのだが……その汚れ仕事に私を使う気は無いと言う事だろうか?


「沈知宣がお前を議政府の公事官にしたいと上奏文を送ってきたから、領議政と左右議政を呼んで『韓明文は温厚な中にも毅然とした所があり、将来楽しみだ。従六品・公事官では現職と横並びの兼職に過ぎないから、せっかくなら正五品・検詳としよう』と言って認めさせた。まあ、ついでに右議政に『知宣は人を見る目がある』と褒めておいたぞ。多分、お前の上司の機嫌は悪くなかろう」


 同じ日の昼下がりに大状元のお邸でお目にかかった折、王様は王子様を腕に抱かれて、何でも無い事のようにおっしゃったが、私個人にとっては大事件だ。

 

 それにしても、知宣殿が兼職として申し出てくれたとは知らなかった。それだと今の義禁府の都事と議政府の公事官の俸給が共に頂ける。確かに身分は従六品のままだが実入りは二倍で、それに早くから議政府に籍を置く事が出来たと言う実績は、官吏としては先々非常に有利に働く。

 更に王様のおっしゃった通りなら、身分が上がり俸給も大きく増える。それ以上に、議政府・検詳と言えば定員は一名だけだ。全ての役所の目付け役と言った意味合いが大きく、上官たちが話し合うべき課題を何にするかを左右できる、重要な役割なのだ。 大いに感激してお礼を申し上げた。


「スルギと成明の事を頼むぞ。だが、こうなるとお前は監視役は解任かな? 後釜は誰だ?」

「大状元様の御信頼を得たようには言ってあります。私は相変わらず監視役で、恐らくは、私が大状元様に寝返らないかを監視する者がつくようになるのではないでしょうか? 既に先程それらしき内侍と、下仕えを見ました。共に塀を乗り越えたり、木に登ったりして撒いてやりましたが」

「どこの者か見当はつくか?」

「中宮様の所の者達ですね。名前までは認識しておりません」

「なんだ。当たり前と言えば、当たり前だな」


 王様は軽く笑われてから「まあ、それなら良いか。当分、その調子で頼む」と、おっしゃった。当分とは、この先の展開も何かお考えなのだろう。

 王様には申し訳ない事だが、まだ私は沈家の秘事に辿り着けない。先の王子様の殺害が、実際にはどのように実行されたのか手掛かりがつかめない。まるで雲を掴むようだ。その事をお詫びすると「あせるでない」とおおせになった。それから、のどかな調子でこうおっしゃった。王子をあやしておられる御様子は真にお幸せそうだ。


「今は沈家の連中の信頼を得る事に専念すれば良い。それより、今日から練習をさせている。何ならお前、あれに騎撃毬の技の一つも伝授してやってくれ」


 王様のお言葉を受けて、早速宮殿北側に広がる練武場に向かう。何やらにぎやかだ。

「おおい! 韓都事、酒だ。美味い酒だぞ」


 呼び止めた男は司憲府の監察を務める洪善道ホン・ソンドだ。


 王様がおっしゃるには「お前と並んで暗行御使の有力候補」だそうだ。若手の身分が軽い官僚にとって、最大級の褒め言葉だと言って良い。暗行御使と言えば、王様の全幅の信頼を頂いて、隠密に地方官の悪事を素早く捜査し裁く重い役目だ。だから暗行御使になれるのは清廉にして志の高い優れた人材だけとされている。

 つまり、洪善道と言う男は、そう言う男の一人だと王様は見ておられるわけだ。

 洪監察の方が今の身分は正六品だから微妙に上だが、乗馬の名人で文科殿試は上位十人には入っていたはずだ。田舎士大夫の息子の私と違い、何代前かの中宮様を出した家の坊ちゃんだ。


 以前彼に馬が好きな理由を聞いたが、その答えが面白かった。


「馬は媚びへつらったりしない。良い馬ほど気位が高く、背中に乗せてやるほどの人間かどうか実に良く見ている。俺は人間におべっかを使われても何とも思わんが、名馬が背に乗る事を許してくれたときは実に嬉しい」

「自分は名馬に見込まれるだけの男だと言って、自慢してるって訳か」と混ぜ返してやると、「そうとも言う」と言って愉快そうに笑ったものだった。


「これだ、これ。大状元の力作らしい。さらりとしていて実に美味い。それでこれがつまみの干し肉だぞ」

 一杯貰うと、かなり強い酒だった。だが、喉越しも後味も良い。寒さを一瞬で吹き飛ばす気がする。

「効くなあ。この酒。それにこのつまみがまた、美味いなあ」

「全くだ。それにしても、あの白馬、見事だな。王様から賜ったそうだが、あの馬、乗り手に心服している。大状元は医者で内侍で、金儲けの達人だとは思っていたが、騎射の腕前も素晴らしいな」

「見たのか?」

「ああ。百発百中と言う奴だ。前に打ち込まれた矢を弾き飛ばして、自分の矢を打ち込むんだぞ、凄いな」


 毒舌家で人に厳しい男が、珍しい手放しの褒めようだ。この分なら王様の見込まれた通り事が運びそうだ。

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