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出来る事から始めよう・2

 本を書き上げて印刷する相談で、またヤンホ兄さんに会った。

 焼酎の方は、種付け、一次仕込み・二次仕込み・蒸留まで、奇跡的に順調に進んでいる。今は原酒を瓶に入れて貯蔵している最中だ。


「商人だって、国を支えているんだと思うけれど、それに気がついて無い人が多すぎるねえ」

「真面目にやっても、好い加減にやっても『卑しい商人が』とか『商人如きに何が分かるか』て言われるしな」

「立派な商人はこんなに凄いんだとか、大切なんだって思ってもらうためには、何が必要なのかな」

「こう、何と言うかしっくり来る言葉とか無いもんかな。なるほど、それならまともだってわかるようなさ。どうも物を作る百姓衆や、学問をなさる方々から見て『掴みどころの無いズルイ奴』って思い込まれている気がする」

「じゃあさあ、こんなのはどう?『売り手良し、買い手良し、世間良し』って言うの」


 近江商人の家訓とされる「三方よし」と言う言葉は、商人の基本道徳として素晴らしいと思うが、この国には伝わっていない。


「へえ、世間良しって、商い自体が世間の役に立つってことかい?」

「うん。そう。兄さんが良い商品を適切な値段で売ると、お客さんが喜ぶ。そしてその品物を作った人も適切な値段で売れて助かるし、その品物が好評なら取引に関わる皆が潤う。そして皆豊かになる。たとえばこんな事かな」

「なら、俺、結構実践してるぜ」

「だよね。私もそう思うよ」

「その言葉、看板に刻もうかな」

「それ良いね!」

「ついては、大状元様に揮毫を願おうか」


 早速、大きな板にデカデカと『売り手良し、買い手良し、世間良し』と書き記す。


「うん。いいなあ。漆を入れて金泥で細工して、店の正面に掲げるよ。なんかこう、やる気が出る言葉だな」


 兄さんみたいな人がもっと増えて、みんな志を持って商売を頑張るようになれば、この国も随分変わる。


「役人が際限なく賄賂を請求するのをやめさせたいね。商いにも道徳が有るって理解させたいもんよね」

「付き合ってても、賄賂を請求しないのはスルギぐらいのもんだ」

「あら、兄さん、しっかり政治資金を提供してくれてるじゃないの」

「あれは、元がお前の店から上がった売り上げだったり、出資してくれた分に応じた分け前だったりするんだから、ただ『よこせ』って言う賄賂とは全然違う。それに、俺、お前のおかげで随分色々新しい商売の仕方を覚えたし、客も紹介してもらってるし、何より御用商人になれたし、おかげさまで商売も順調でございます」

「嫌だなあ、だれもいないのに急に敬語で」

「うん。まあ。でもスルギが俺の商売をうんと大きくしてくれたのは間違いないさ」


 こちらの世界でも元の世界同様、先代様の時に清にボロ負けして多くの女性を含む五十万人の捕虜が強制連行され、奴隷にされた。ただその年が十年ほど早い気がする。

 元の世界で「丁卯胡乱」と呼ばれる、まだ国号が後金であった時の侵攻が無い。それに鴨緑江以北の領土を全て割譲した所為だろうか、この都の中に「大清皇帝功徳碑」なんて屈辱的な物を建てさせられたのは同じだが、毎年上納すると定められた品物はかなり少なくなっている。

 たとえばこうだ。元の世界では毎年美女三千名・牛馬各々三千・黄金百両・白銀千両他、全部で二十種類の項目の請求が有ったが、こちらでは美女と牛馬の請求は無い。普通に考えて、美女三千人は無理だって思ったのだろうか? それでも先帝の存命中は八歳から十二歳の美少女を五名前後送っていた。


 それが正邦様が即位されてから、その貢納品の請求品目が大きく割引されている。更に全ての属国の中で我が国を第一席の国と考えていると言う当代の皇帝陛下の言葉も貰っている。ただのリップサービスでは無いようで、清との国境付近に配属される兵士の質が格段に良くなって、レイプ事件その他の被害が激減した。まあ、これは軍規を守る精鋭部隊が配属になったって事で、喜んで良いのかどうか微妙では有るが、ともかく実害は減った。

 御本人がおっしゃるには「皇帝の誕生日、その他の慶弔関係の使いにすぐれた人材を充てて、皇帝の気持ちを和らげるのに成功した」らしい。

「偉大なる皇帝陛下のために小国の王である自分は誠心誠意、真心を込めてお祝いの気持ちを使いに託しました。贈り物はみすぼらしく貧しいでしょうけれど、偉大なる皇帝陛下はどうぞ御温情を持って、我が国をお見守り下さい」てな内容の手紙を送るのだが、使いの人間が好印象だと、清国側の心証は当然良くなる。

 手紙の内容は相当屈辱的だが、外交的な判断としては正しいのだ。

「清国との貿易が盛んになると、あちらの状況も変化する」と言う御判断で、地続きの国境付近で行われていた無秩序な闇市的な交易を、きちんと統括し、然るべきルールに基づいて交易できるように有能な人材を当ててこられたが、それが大きな利益を生み出しつつある。自然、清国との付き合いにも良い変化が出て来た。


「スルギの話を聞いていて思いついただけだけどな」

「でも、それを実行なさったのは御立派な事です」

 何事も実行できなければ、空理空論に過ぎない。だからあなたは凄いって本気で言ったのだが、正邦様は少々照れておられた。

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