韓明文の見聞・4
お二人の言わば秘事を覗き見する無礼を働いた私に対して、大状元は親切だった。
左のふくらはぎ付近につぶてが命中して痛んだが、骨や関節は外れており、痛い事は痛いが、膏薬を張っていただき、腫れを止め痛みを和らげるという薬湯を飲ませてもらった。
「足も腰も大丈夫みたいだ。よかった」
「ありがとうございます。実は……今朝ほどの沈徳宣のように、足蹴になさると覚悟しておりました」
「あれえ、あの様子を見られちゃったの?」
「最初の転ばせる所は見てませんが、腕をねじ上げ蹴りを入れておられる時の言葉は伺いました」
「すれ違いざまに無礼な事を言ったのでね、カッと来ちゃったんだよ。色々な女の人を不幸にしておいて、反省の色が丸で無いのでね。今朝の『許してくれ、悪かった』って言葉は、どこまで本気かなあ」
「それこそ、様子を御覧になるのが一番確かでしょう……それにしても、凄いですね。最初の一蹴りの瞬間を見たかったなあ」
「やめてよ。恥ずかしい。韓都事なら、もっとすごい技が使えるんじゃない?」
「体はデカいですが、大状元の様に的確な攻撃は、なかなか出来ません。それはそうと、大状元のお部屋は、異国のものが色々とあるのですね」
「今、酒造りを研究中でね。外国にも売れるものが作りたいんだよ。上手くいけばこの国にも外国の金がもっと入ってくる……って、上官殿にはどう報告するの?」
「王様とあなたの御関係が私には今ひとつ、良く分かりませんので何とも。当分は黙っておきますが」
すると大状元は「当分はね」と応じて、怒るかと思ったが、にこやかにしている。いささかも後ろ暗い所は無さそうだ。この人から迫ったわけではなく、王様からだから……なのか?
訳が分からなくて当惑していると、見慣れない食べ物を出してきた。甘藷と玉蜀黍と言うものらしい。救荒作物として色々すぐれた点が有るらしいが、味も実に良かった。
いささか興奮して、これはぜひとも国中に広めるべきだと力説したくなるほどには……
酒造りの計画と言い、実に色々この人の傍にいると面白いことが次々と起こるようだと思っていたところ、静々と一人の女性が赤子を抱えて部屋に入ってきて、あっけにとられた。そして赤子をいかにも大切そうに幸せそうに大状元が抱きとられるのを見て、ますます混乱した。
なんとそのお子は王子様だとおっしゃる。仰天した。
大状元が席を外され、ついで、王様がお越しになった。激しくお怒りになるかと身構えたが、王子様がおられた所為か、実にご機嫌は麗しかった。
「韓都事、王子の母は誰だと思っているのだ?」
「いや、その、見当もつきません」
「おお、そうか。それで先ほどは訳が分からないというか、信じたくないというか、困ったような顔になったのか」
「……え? もしや。いや、まさか」
「そのまさかかも知れんぞ」
「大状元は、女性ですか? 」
「そうだ。そして、この王子・成明の母だ」
ええー!
無礼を忘れて、私は王様の御前であるにもかかわらず仰天してのけぞった。
「なぜ、そのように驚く? あれは美しかろう?」
「それは、確かに。ですが今朝ほど……」
「今朝何か有ったのか?」
「勇ましい御様子に、見惚れておりましたので」
「ほほう、また何か新しい武勇伝が出来たのだな。教えよ」
御本人は嫌がっておいでだったけれど、王様のお求めなので見たままの状況をお伝えした。
「ふうむ。井戸で死んでおったと言う女は沈徳宣の子を孕んでいたのか。それが誠なら、奴めを罪に問えぬ事も無いが……『許してくれ、悪かった』と言う言葉がどこまで本気であるのかな……」
そうこうする内に……唐衣姿の美女が部屋に入って来て、ドキッとした。
「余り不躾に見るではないぞ」
ああ、そうか大状元が女子の衣装をお召しになったのだ。お綺麗で、光り輝くようだと思った。じっと見つめたりしたら目がつぶれるかと思うほどに。王様がおっしゃらなくても、じっと見つめる事など出来そうに無い。
さて、上官にはどう報告すべき、いや、どうごまかすべきなのだろう?