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韓明文の見聞・3

「あの金勇秀と言う内侍には、何か重大な秘密が有る。なぜ大王大妃様と大妃様がそろってあいつの肩を持たれるのだ? 気に入らん」


 私に大状元の監視を命じた沈知宣は、そう言うと机を激しく拳で打ったものだった。


 特に大王大妃様は朝廷の老人どもに強い影響力をお持ちだ。その方が官職は無理でも、身分だけでも堂上官並みに早急にせよと仰せになったとか。『王子も生んでいない側室たちより身分が下なんて有り得ない』と仰せになったとか、ともかく、大変なお気に入りだ。高い官位を与えたいという王様の御意志がすんなり通ってしまったのは、大王大妃様のおかげだろう。そうした折、チクリと批判の一つもおっしゃるのが大妃様の御立場だろうに『内侍の身では従一品までどまりと言う決まりなのが、何とも残念です』とまでおっしゃったとか。


「なぜ王様も大王大妃様も大妃様も、あいつを贔屓なさるのだ? 誰も歯止めなどかけられんではないか」


 この国の最も高貴な御三方が秘密の申し合わせをなさっているとしか思えない。その秘密の核心が掴めない沈一族側は大いに苛立っているのだ。


「領議政が判内侍府事から聞いたという話はどうなのでしょうか?」

「名家の出であるが清との戦のごたごたに巻き込まれ、内侍に身を落としたという話か」

「はあ。親御が戦死でもしたのなら、有り得ない話でも無いかと感じますが」

「だが、王様のあの尋常ならざる御寵愛の深さや、大王大妃様と大妃様がそろって贔屓なさる理由が丸でわからんではないか」

「ですが、あの大状元は下々の者にも人気が有ります。果ては妓楼の妓生から白丁まで……」

「馬鹿もん! 左様な事は知った事ではない」

 

 後宮の事ははっきりとは分からないが、中宮様の所には公主様を御出産なさって以降、王様の夜の御渡りは無いし、昼の御渡りも四人の側室たちより少ないと言う。その事は同時に中宮様の権威の低下、ひいては実家・沈家の勢力の弱まりを意味するわけだ。上官殿が焦るのも、無理は無いか。


 その一方で、王様は大王大妃様と大妃様のお住まいに足繁く通っておられるらしい。ただのご機嫌伺いにしては奇妙だと感じている者は多いが、何がどうなっているのか、事情はつかめない。大状元も頻繁に大王大妃様と大妃様を訪れ、厚い御信頼を頂いているのは確かなようだ。





 さて本日、その問題の大状元殿は、沈一族一番の放蕩者で上官殿の弟である沈徳宣をついさっき足蹴にして居たが……沈家に対する個人的な遺恨と言う訳では無さそうだ。

 訪問した王族の邸で交わされた会話は純粋に歴史に関するもの……とも言えないか。


「白丁と呼ばれる人々が、なぜああも差別されなければいけないのか、古い記録を見ても根拠らしい根拠など無いですね。前の王朝にとっての敵勢力だった人々の末裔というのが真なら、今の王家の御血筋にとっては敵でもなんでもないわけで、前の王朝の真似をして虐げる必要も無いはずです」


 過激だな。理屈では、成程そうなのか。相手の王族の御老体は鋭い突っ込みにたじたじだったが、どうにかこんな風に答えた。 


「敵の敵は味方、とは申しますなあ。だが長年罰され続けるには、それなりの事情も有るかと思います」

「長年、貧しく教育を受けられない状態を強いられれば、貧しさから抜け出せないのは、当たり前です」


 大状元の口調は厳しいものだったが、後は一転、長閑な調子になり、酒の話になった。


 その邸を出た後、大状元はまた自分の畑に戻ったので、私も目立たぬようにあずまやの屋根に取り付き、そこからすぐわきの松の大木に移り、高枝に登って監視を続けた。

 そこへ何と王様ご自身がおいでになった。厳重に人払いをなさったのだから、私もここに居てはまずいのだろうが、動くに動けない。必死で気配を消し、王様が御用をお済ませになるのを待つしかない。


「スルギや……」


 順恵翁主様がおっしゃっていたのは、これか。それにしても、熱っぽく甘い調子で名をお呼びになるものだ。一部での噂……王様が衆道に目覚められたと言うのは……本当だろうか? 

 大状元はどうやら、視線を感じているらしい。のんきに王様の問いかけに答えながら、油断無い視線を周囲に向けている。だが幸い、真上のこの大木までは思い至らないようだ。王様はその様子に焦れてこられたようだ。


「こうすれば、だれにも見えない筈だ。違うか?」


 王様は小柄な大状元を御自分の衣で隠すようにして、抱きしめられた。ええ?


「あ、あの、まだ」

「ええい、だめだ」


 御手で大状元のあごを持ち上げられる、そして? 何と言う、何と言う事だ!

 大状元が急に手に握り締めたものを投げつけてきた。うぅっ!


 気が付くと、私はお二人の目の前に無様な様子で落ちていた。


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