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二つの顔・4

「スルギ、女の装束を着て、その姿を韓明文に見せろ」

「そこまで種明かししてよろしいものでしょうか?」

「見様によっては、腹に一物どころか色々抱え込んでいる判内侍府事辺りより、よほど信頼できると思うぞ」

「なぜまた、そのようにお考えで?」

「あれの母親は私の母に仕えていた尚宮だった。その後私に仕えたのだが……今の大妃様が中宮に新たに入られるにあたって後宮の人の出入りが多くなった時に、恋仲の武官と夫婦になるのを認めてやったのだ。表向きは病で死んだ事にしてな。男の方も病で退官して故郷に戻ったと言う事になっている」


 へえ。それが本当ならこの国の法では韓クンの両親は重罪人だ。男は死刑で女は流刑で奴婢扱いになるはず。それを知らないふりしてやったんだから、結構凄いかもしれない。


「まだ、そのころは正邦様はお小さかったでしょうに」

「だが、後宮などと言う所で育つと、人の視線の向きや意味合いには敏感になるものだ」


 父親の故郷で田舎の士大夫の息子としてさほど豊かではないけれど、両親に可愛がられて韓クンは育ち、武官であった父にならって武科殿試を受けたらしい。もっとも父親は息子ほど立派な成績じゃなかったらしいが。まあ、両親揃った家でまともに育った坊ちゃんだから、確かに複雑な家庭事情で志願して宦官になった判内侍府事よりわかりやすいだろうけど……


「あれの両親は私のために命がけで尽くせと言って、あれを育てたらしい。そう大して出来も良くない王なのに、息子の前では常にベタ褒めだったらしい。ひょっとして私本人を見て、幻滅してるのかもしれんが……」


 幼時からの刷り込みですか。なるほど。だから、あの木の下でのいちゃこらを見て、立派だと言い聞かされてきた王様がどうなっちゃったのかと、ショックを受けちゃったのか。相手が内侍府の人間だしねえ。この国は同性愛には厳しいからなあ。


 先に正邦様は韓クンに言い含めるか、あるいは脅迫するか知らないが、何やらお話なさるらしい。私はまず成明を沐浴させる。忍和はこの国では一般的ではない赤ん坊の沐浴の仕方を、私に習って頑張っているが、どうも怖いらしい。とりあえずお尻だけでも洗う事が出来るようにはなったが。何でもできそうなしっかり者の忍和にも、思わぬ不得手は有るものだ。


「王子様のお肌は、本当にきれいで玉のようですね」


 沐浴したてのピカピカの赤ん坊の肌は綺麗だが、この国では垢まみれで泥まみれな赤ん坊が普通なのだ。


「銀龍も、お尻だけでも洗っておやりよ。やっぱり桃の葉を煮出した湯が良いねえ」

「はい。近頃はそういたしております。おかげでかぶれも無くなりました」


 沐浴が済んだら、女物に着替える。小間使いをつけるのが普通だろうが、ここでも忍和にいつもちょっと手伝ってもらう。髪を弄るのが面倒なのだ。


「ああ、本当にお綺麗です。王様のお気持ちもわかりますわ」

「そう? 後宮の方々はどの方もお綺麗よ。別に私が特にどうってことも無いと思うけど」


 すると、兄との連絡で幾度か宮中に伺ったが、沢山のお供を連れた中宮様も、昌嬪様も貴人様も、失礼ながらうわさ程お綺麗とは思わなかった。昭容様の御顔だけ存じ上げないが、人のうわさからすると他の方より劣っておいでのようだ。そんな風に言う。


「昭容様はお気持ちが苛立ってらっしゃらない時なら、お綺麗だと思うけどなあ」

「でも、下々の者をすぐに御打ちになるとか。以前大王大妃様に、そのことで御叱りをお受けになったとか、皆が噂しています。御気性も難しい方のようですね。こちらの御邸では、誰も打たれないので皆がうらやましがるようです。妹が昭容様の所の見習いをしている内侍が、そんな噂をしていました」


 邸の外ではすっぴんノーメークで、泥まみれだったり薬臭かったりする上に、男の身なりなのだ。そう綺麗なわけがないと言うと「そこがまた、素敵なのですわ」と忍和は言う。


「私には詩文の良しあしなどわかりませんが、それでも御筆跡の素晴らしさはわかります。それに、色々な事を御存知で、下々の物にもお優しくて御親切で……男の方としても整った御顔立ちとお見受けしますのに、こうやって御化粧をなさり、唐衣をお召しになると、本当に艶やかでいらっしゃる。二つの全く違った素敵な顔をお持ちなのですもの。王様が恋してしまわれるのも、当然だと思います」


 二つの顔かあ。使い分けるのは大変なんだが……でも、それで正邦様が気にかけて下さるなら、そう悪い事でもないかな。私はあの方に……恋をしている……とは言い難い気がする。王様とは恋愛が成立しにくい。余りに危険が一杯で、のほほんと恋愛気分に浸れないのだ。うかうかしたら……成明と私は生き延びれないかもしれない……そんな漠然とした不安は、常に私の中にある。


 韓明文は果たして、どの程度私達を助けてくれるのだろうか?


 

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