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二つの顔・3

 随分と高い位置から落ちたのに、韓明文クンの足も腰も無事だった。落ちた所が私が良く耕しておいた土の上だったのも幸いしたのだろう。


「大状元のお部屋は、異国のものが色々とあるのですね」

「今、酒造りを研究中でね。外国にも売れるものが作りたいんだよ。上手くいけばこの国にも外国の金がもっと入ってくる……って、上官殿にはどう報告するの?」

「王様とあなたの御関係が私には今ひとつ、良く分かりませんので何とも。当分は黙っておきますが」

「当分はね」


 正直な答だろう。最初、妓楼で絡んできた時は、余り良い印象じゃなかったが、良く見れば、いや良く見なくても、なかなかのイケメンだし、体はしっかりしてるし、目には光が有るし、出会うタイミングが違えば、もっと別の印象を持ったかもしれない。スウィートポテトと試作したポップコーンを一緒に出したら「うまい、うまい」と気持ちが良いほどの勢いですっかり平らげた。朝からろくに食べていなかったらしい。

 救荒作物としての甘藷と玉蜀黍の有用性を説明しながら、一緒に温かい茶をすすめた。


「救荒作物と言うには、美味過ぎる! あなたは凄い人だ大状元」


 そう褒めてくれたかと思うと、これはぜひとも国中に広めるべきだと更に熱い調子で語ってくれたが、忍和が成明をつれてきたのを見て、訳がわからないと言う顔になった。


「この御子はどちら様の?」

「どう見える?」


 乳を良く飲んで、満足したのだろうか。私が忍和から受け取って抱き上げても良く寝ている。忍和なりに乳母の役目に自分をかけているのだろう。実の息子・銀龍は兄の判内侍府事の邸で育てさせ、時折、つれてこさせる程度だ。忍和自身は成明につききりでいる。私は心苦しくて、どうかと思ったが「乳母としては当然の事」らしい。何しろ最初の王子は殺害されたのだ。忍和の言うように、用心に用心を重ねるべきなんだろう。

 物静かで落ちついた忍和の様子は、いかにも大家の乳母と言う雰囲気だし、成明が着せられている産着類は極上の絹だ。身分有る家の赤ん坊だとは思ったのだろう。だから「御子」と韓クンは言うわけだ。


「何か御事情があって、高貴な方の御子を大状元がお預かりになっているのですか?」

「この子の父上はどなただか見当がつくかな?」

 ちょっと韓クンを試してやりたくなる。

「あなたがそのようにおっしゃるのだから、並みの御身分では無いし……王様がおっしゃった秘密と関わりがあるなら、やはりこの御子様は……王子様ですか?」

「良く出来ました」

「そうですか。ならば、この御子様は東宮となられる方ですね?」

「そうなるね。どこぞの右議政や、その他諸々の困った連中に手出しをされる事を王様は恐れていらっしゃる。……あの噂は、やっぱり本当なんじゃないかと思うけれど、証拠が無いからなあ」

「その証拠集めを、秘密にやってますが、実に大変でして。右議政が一番頼りにしているとされる長男の知宣殿に信頼を得れば、仕事がグンとやりやすくなると思って、あなたを見張っていたんですが……学者や廷臣、内侍府の連中、女官辺りまでは最初から見当はついてましたが……順恵翁主の御様子には驚きました。そして、王様の御様子にはたまげてしまって、訳がわからなくなりました」

「で、今はどう思ってるの?」

「あなたは何やら私の知らない、幻術か何かで王様を惑わせている……訳でも無さそうですし」

「そんな術が有れば便利だろうなあ。秘密を探り出すのも楽々できそうだし」

「あなたには何か、凄い隠し玉が有るんじゃないですか?」

「たとえばどんな?」

「あなたは気難しい方だと皆が噂する大王大妃様や、人付き合いを嫌っておられたという大妃様の御覚えもめでたいとか。王子を生んだ方を御存知なのでは有りますまいか?……いや、それにしては……」


 そこで韓クンは黙り込んでしまった。先ほどの正邦様の様子が説明がつかない、そう思ったのだろう。

「あなたは楽々状元及第された方だ。私などの思いもよらない事が何かあるのですな、きっと」


 その時、来客が有った時に鳴らして知らせるように執事に命じている小さな鐘の音がした。短く三回続けて鳴った。この鳴らし方は正邦様のお越しを告げているのだ。夜にならない内においでになるのは、近頃は稀だったのだが……。恐らく韓都事に何かおっしゃりたい事が有るのだろう。

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