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二つの顔・1

 王子は成明ソンミョンと名づけられた。


「この子の行く末と、この国の未来が少しでも今よりは明るいものとなるようにとの願いを名に込めた。唯一の王子と言う境遇は、辛い事も多いだろうが、それでもこの子には生まれて来て良かったと思えるような一生を送って欲しいのだ」


 父君の願いどおりの一生を送れるかどうか、生みの母親であり守り役でもある私の役目は重い。はっきりとはしないが、三歳、あるいは事態によっては五歳ぐらいまでは秘密に成明を育てる事となるかもしれない。気の長い計画だが、王宮での陰謀の実態が明らかではない中で、第一位の王位継承権を持つ王子を守り育てるのだ。そのぐらいの用意周到さは必要だろう。

 私には表の朝廷での位と称号が有るから、後宮にこもりきりの通常の女性の立場より王子を守りやすいはずだ。

 王子を護衛する役目は、当分は茂生ムセンさんを筆頭とした内侍府の手練れ達に任せるが、将来的には表の武官もスカウトする必要が有りそうだ。


 王子の乳母は判内侍府事の腹違いの妹が子を産んだばかりであったので、その人に任せる。名を忍和インファと言い、物静かで一本芯が通った感じの人だ。つい忍和さんと呼びかけたら「飛んでもございません」と言われてしまったので、呼び捨てにする。


「妹は私どもの故郷の土地に県令として赴任された方のお目に留まり、その方の言葉を信じて子までなしたのでした。都に戻られた相手の方のお邸に別れ際に頂いた誓いの印を持って訪ねて行きましたら、懐妊しておりますのに執事らに手ひどい扱いを受けて、邸に入れても貰えなかったようです。その方の父上は一等功臣でして……都には既に祝言まで挙げた正室がおられたのでした」


 某一等功臣とはどうやら、中宮の父で右議政ウイジョン沈守己シム・スギらしい。廷臣の中で席次は三番目だが実質ナンバーツーの実力者で、非常に自負心が強く、自分の母上が翁主様であった事を誇りにしており、身分の上下にうるさい人だ。


「田舎の士大夫で官位が有るのは内侍で腹違いの兄だけと言う家柄の女では、邸内に置けないのでしょうな」


 そう言う判内侍府事は、妹に一矢報いる機会を与えてやりたかったのだろう。妊娠中の妹を自分の邸に引き取り、出産まで何くれと無く面倒を見たようだ。


 忍和が生んだのは男の子で、朴銀龍パク・インヨンと名づけられた。

 実の父親が渡した印の品が小さな銀製の龍の飾りで、母の姓を名乗るかららしい。子が無事に生まれた事でもあるし、龍頭会の会合や方々の役所に通う内に出来た人脈を辿り、銀龍の父親にその内一度会ってみる気はないかと忍和に確かめたのだが、裏切られたと言う気持ちの方が強いらしい。きっぱりと「会う気は御座いません」と言う。


 先ごろ都に戻った沈武宣シム・ムソンと言うのが銀龍の父親だが、文官の優等生タイプばかりの沈家で、珍しく武官なのだ。それだけにちょっと浮いていると言うか、右議政殿からすると不本位らしい。この国では文官の方が格上の扱いだからだ。


 右議政の最初の正室は釣り合う一等功臣の家の娘で、息子二人を年子で生んで亡くなってしまったそうだ。二度目の正室は王家の格の高い分家の姫で中宮を産んですぐ、亡くなった。三度目は昔からいる側女を数年前正室に直したらしい。そうしないと側女腹の子供が科挙を受けられないから……というのが大きな理由だったらしい。

 忍和の相手・武宣はこの三度目の正室が、側女であった頃に産んだ息子のようだ。と言う事は、生まれた時から母親の身分が昇格するまで、武宣という人も科挙自体受けられないと思っていたはずだ。だから武官の試験に合格しただけでも、上出来なのに……。

 この国の法律では父親の身分がいかに高くても、非嫡出子は科挙を受験できない。そのくせ、そう言う不幸な子どもを生み出す父親の罪は、問題にもされない。変な法律だ。


 血筋も経歴もパッとしない息子のために名門の姫君を奥方に迎える算段をしてやったのに、勝手に他所の女に子供を産ませた、と右議政は立腹しているようなので、武宣としては忍和に会いにくいのだろう。

 まあ、忍和としては父親にちょっと反対されたからって、それっきりで何も言ってこないような情け無い男には、見切りを付けたと言う事だろうか?


「心を込め精一杯、王子様と母君様であり大状元で有られるお方にお仕え致します」

「ねえ、忍和、武宣と言う人の事、本当に良いの? 判内侍府事は頼りになる兄上だし、私もできる事はするつもりだけれど……」

「右議政は、先の王子様の死と、やはり何事か関わりが有ると思われます。忍和がその血筋の子を産んだとしても、こうして王子様の御乳母と言う重い役目をお受けしたからには、沈家とは繋がりを持たぬ方が良いでしょう」


 将来は忍和には王子の養育を行う女官たちの監督役を任せようと思っている。だから正邦様も内密に保姆尚宮の官位と官職を与えた。後宮の複雑に絡み合う利権と派閥抗争を考えると、確かに沈家から距離を置いた方が良さそうだ。


「兄の申します通りです。大状元様のお心遣いは本当にありがたいのですが、あの人は御自分の父親に逆らえるような気概も無いのでしょうし、何より私への気持ちは……親の反対だけですぐ途切れる程度のものかと……」 

「たとえ大状元様と私の意見が異なりましても、妹は何事も大状元様のおおせに従うはずです。まあ、そのような事は無いに越した事は有りませんが」

「判内侍府事が私の敵になるの? それって、どう言う状況だろうねえ。ゾッとする。怖すぎるよ」

「万に一つもそのような不幸な事態は起こらないように、祈っております。私はあなた様の御知恵で、難局もどうにか乗り越えて行かれると、信じたいのです」


 信じたいけれど、信じきれない。そう言う含みだな。


「判内侍府事に見放されたら、王子を連れて外国にでも逃げるしか無さそうだね」

 ハハハ、と私が笑うと、判内侍府事がこう言った。

「たとえ天地がひっくり返りましょうとも、私は王子様のお命はお守り致します」


 判内侍府事はひどく真面目な口調でそう言った。この人は自分の命を投げ出しても、王子を守る気だと、はっきり私には分かった。



守己さんは右議政です。時々ぶれててすみません。直したつもりですが、見落としが有りましたら、教えていただけると非常にありがたいです。

1月9日武宣さんの官職をレベル下げました。

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