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夜中の独り言・2

 東宮に定まった頃から、眠りは浅くなったように思う。王位についてからはそれが更にひどくなり、毎晩必ず夜中に一度は目を覚ます。二度三度と言う事も珍しくは無かった。医師達の言うように運動をし、食べ物の偏りが無いように用心しても、余り変化は無かった。


「お心の問題で御座いましょうなあ。これ以上、薬や針では何とも出来ません。後宮でどなたかお心の安らぐお相手がおできになりますと、事情が違ってきますでしょうが」


 そのように診断された。最初の王子が奇妙な死を遂げたせいもあって、私は中宮にも四人の側室にも本当には心を許せずに居る。それが体にも現れたのだろう。皆、実家の勢力を伸ばし、安定させるために後宮に送り込まれてきたのだ。本当は私の事もどう思っているのやら、未だによくわからぬ。あれらは私に抱かれ体を開くのは「義務」だと思っているとしか思えない。心が満たされる事が無いのも当然だろうか。


 実家への気兼ねなど要らない身分の軽い女を二人ばかり幾度か抱いたが、私が十分に気を配ってやらずにいた所為も有ったのだろう。一人は子を流産してすぐ、もう一人は井戸に落ちて亡くなっていた。共に毒を飲まされていた可能性が有ったらしい。深く愛していたと言う程ではなかったが、それぞれ無邪気に愛らしい女達であったのに、王である私に抱かれたために、悲惨な死を迎えたのだ。さすがに心が痛んだ。


 広いはずの王宮なのに、息が詰まりそうだった。二人の女達の死後、不眠症は余計に悪化した。


 王宮の外に出て見れば、新鮮な気分になれるやも知れないという思い付きから、ある日ふらりと市中に出た。

 官吏の服を着て門番を欺き、堂々と外に出たのだが、すぐにバレていたらしい。あっという間に内侍府の連中が尾行し始めたので、まいてやるつもりで林に入ると、美しい笛の音が聞こえてきた。私はその音のする方向に、自然に足が向かった。

 一本の大きな松の木の上から音がするのを確かめると、思わず拍手をした。そして賛辞を述べた。


「素晴らしいな。笛だけでこれほど聴きごたえが有る演奏が出来るとは」

 すると返って来たのは、思いの他緊張した声だった。

「周りを悪者に取り囲まれておいでですよ、御用心を」

 注意を促されるまで、まるでくせ者達の気配を感じていなかったのだ。 するとその直後に私を国王と知ってか知らずか不明だが、刃物で切りつけて来た。


 その声の主は見事なつぶてと剣で応戦し、私を救ってくれたのだったが……それがスルギとの出会いだった。


 それから幾つかの紆余曲折を経て、私は深くスルギを愛するようになり、スルギも私の思いに応えてくれた。そして、このたび王子の母となった訳だが……スルギと世子たる王子の安全を確かなものし、スルギの志を実現させるにはどうすれば良いのか?


 もうすぐ新しい邸が出来る。


 この大王大妃様と大妃様のお住まいの裏手も悪くは無いが、思いの他大王大妃様の所を訪問する廷臣や側室が多くて、ヒヤヒヤする。それに何よりスルギ自身が間借りしている遠慮から、伸びやかに出来にくいのではないかと思われた。

 好きなように書物を集め、研究をし、思いのままに過ごせる場所がやはり必要だと感じた。それに、王子の問題がある。王子は幸い健康で乳を良く飲み良く眠り、周りのものが細心の注意を払って、余り泣かせないようにしているが、これから這い回り立ち歩くようになると、ここでは隠し通せないのではないかと思われた。


 新しい邸は標準的な士大夫の邸よりかなり広い。幼い王子が伸びやかに母の手元で暮らせるように願っているが、先の王子の命を奪った不埒者の魔の手が及ぶかもしれない。本当は都から離れた場所でスルギと過ごす方が良いのかもしれないが、私が耐えられない。どうしてもスルギと王子の様子を日々身近に感じていたかったのだ。


「私のわがままかもしれんな」

「いえ、私も、そしてきっと王子も、共に正邦様の御様子を身近に感じて、暮らして行きたいのです」


 ただ、親子三人で仲むつまじく暮らせたら、他に何もいらないのだが……王であると言うのは、つくづく不便だと思う。人としての幸せから何と遠い事か。だが、ともかくも私は愛しい女をこうして腕に抱き眠る幸せと、大切な息子を誰にも奪われまいと強く決心している。そのためなら、私はどのような非道な事でもしてのけるだろう。




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