老いた宦官の呟き・5
そうなのだ。王様はあの方のために何かなさりたくてたまらない。あの方をお助けになりたいのだ。しかし、王様は表立って色々なさりにくいお立場だ。だが、お気持ちに似合った御援助をなさりたいので、具体的な方法を考えあぐねておられた様だ。危険があの方に及ぶのでは本末転倒だし、出来る事ならあの方が身を守られるのに役立つ物をとお考えになっていたはずだ。
新たに作る邸の為にあの方に賜る場所は、内侍府の管轄範囲の空き地だ。今はただの武芸の修練場だが、かつて先々代様の頃までは舞楽を催す部門が有った場所で、具合の良い事に宮中全体の医療の中心である内医院と 歴代の東宮の為の御学問所が隣接する場所だ。
一代限りと言う条件が有るので「病後の金大状元の為の住まいを作る」と言う話も、思いの他、廷臣たちの反対は無かった。
あの方はこれまで内侍府に籍を置いていた格好だが雑科の第一席合格以来、内医院との連絡も緊密にお取りになっていたらしい。身分の上下にはまるでこだわられず、優れた学識とひたすら患者のためにとお考えになるその姿勢で、たちまちの内に内医院の内にも支持者を多数作られたのだった。
後宮の女官や下仕えの中には直接訪問して、病気の診察をして頂く者も多かったらしく、新しく出来るお邸が宮中から直接通える場所で有るのは喜ばれたようだ。こうした患者のために、新たなお邸には宮中から直接出入りできる通用門をつける事になった。
「大状元様に診断を頂いてから、すぐお薬をお願いできて、本当に嬉しい」
内侍府では高貴な方々のお薬のみお作りする事になっているし、人手も内医院ほど無いのだ。身分の軽い者達にとっては本当にありがたい事だったようだ。
再び登庁なさる前に、甘藷の栽培法をはじめとする新しい農法を取り入れた地方の建て直しに対する献策を提出なさった。その改革を実行なさるのに、どの程度の予算が必要かと言ったきわめて具体的な内容が書かれているのが目を引いたらしい。
王様よりその献策書をお借りして、高官たちは内容を審議した。
「献策書と言うよりは、商人の帳簿でも見せられているような気がしたぞ」
「いや、だが、何に幾らかかると言う点までしっかり固まっているのは、それだけ本人が実効性に自信があるからではなかろうか」
「机上の空論では無い、と言う事なんでしょうな」
「だが、その、甘藷なるもの、真に食べられますものかな」
「我が昌嬪様のおっしゃるには、その甘藷なるもので作った菓子がことのほか美味であったそうですぞ」
「ほお……そう言えば、中宮様も良い味だったとおおせでしたな」
別に彼ら高官が自腹を切るわけでもなく、宮中の勢力争いとも関係無い事なので、金大状元のお手並み拝見と言う所なのだろう。そして健康を回復して再び戻ってくるであろうあの方に、皆期待もなさっているようだった。
まさか皆、その献策書をお出しになった方が、王の御子、それも世子となるであろう王子様の母君であるなどとは夢にも思っていないのだ。