老いた宦官の呟き・4
「折り入って話がある、判内侍府事」
王様は庭園で私をお呼びになり、人払いをお命じになった。盗み聞きをする不埒者への対策だが、常習犯の尚宮は既に宮中に居ない。王様が直々に宮中から立ち去るように命じられた。王様が御存命の間は都に立ち入る事も禁じられた。纏まった金品をお与えになり、出身地に戻るように申し付けられた。私も表向きは病による宿下がり、と言いつくろってやった。
不届き者に余りにお慈悲をかけておやりになるのも如何なものかと思ったが、何でも、不届き者は多くの身寄りのものを宮中に呼び込んでおり、恨みを買わない方が賢い……とかの方が判断されたらしい。私もその場に立ち会ったが、「銀と絹は『あれ』の心遣いだ」と王様は言葉を添えられた。
不届きものはハッとしたようだが「宮中で見聞きいたしました事を外で漏らすような事は、終生いたしません」と殊勝な表情で言ってのけた。だが……本気にして良いものだろうか?
「不届きものの後釜に誰がなるのか、判内侍府事、気をつけておいて欲しい」
「承りました。お話とは、この事で御座いますか?」
「いや、その……もう承知しているのではないか?」
王様はお幸せそうな顔をなさり、それから顔を引き締められた。
「王子様の御誕生、誠におめでとうございます」
昨日、玉のような王子様がお生まれになり、母子共にお元気との事は、大妃様付きの呉尚宮から直接伺った。御存知なのは王様以外に、かの方の実の伯母上であられる大妃さまと、大王大妃様、そしてそれぞれのお住まいにお仕えする尚宮たちだ。あとは内侍府の主だったもの数名と言うところか。
「うん。さすがに耳が早い。秘密のはずだが宮中でどれ程の人数が承知しているのであろうな?」
「中宮様や他の御側室方の事でございますか?」
「ああ……あれらの実家が怪しからぬ事をあれこれ始めるのではないかと、気がかりでならん」
初めての王子様を亡くされた折の御無念は、大変なものであったようだ。もう二度とあのような事が無いように、我ら内侍府の者達も努めている。王子様殺害犯の見当はついているが、処罰できるほどの証拠が無い。このたびのお二人目の王子様の御誕生を知ったら、やはり同様にお命を狙うだろう。果たして奴らは尻尾を見せるだろうか?
「根も葉もない別の噂を流しましたので、今はそちらに皆気を取られているはずですが、いつまで持ちますか……悪気は無くとも下仕えや女官達のふとした一言から悟られる恐れは十分に御座います」
「誰も男子を生めぬので、素性正しく年若く健康な美女を選び、側室に召しだす予定だと言う噂か」
「はい、さようでございます」
「その噂はどの程度信じられているのだ?」
「少なくとも、中宮様と全ての御側室方から私にお尋ねが御座います程度には」
「どう答えておいたのだ?」
「そのような事が御座いましたら、内侍府としては王様の御意思に従うばかりだと、申し上げておきました」
「側室達も中宮も余には何も尋ねない。だが、皆それぞれ翁主や傍仕えの者たちに噂に関してあれこれ言わせて見て、余の目の前では『出すぎた事を申すな』とか言いながら叱り付けて見せる。余は逆にどう思うか聞くだけだがな。すると皆『王家の御繁栄のために結構な事かと存じます』と判で押したように同じ答えが返ってくる」
「つまらん」とおっしゃった御尊顔は先程のお幸せそうな御様子からは、程遠かった。
「あれらも好き好んでつまらん事ばかり言っているわけでは無かろうがな」
王様は何かおっしゃりたい事がお有りのようだ。こうした場合、御言葉をひたすらじっと待つ。
「あれは、後宮に居たく無さそうだ。表から王子を支えた方が良いとも言いおった……中宮の据え換えは……」
また、お言葉が途切れる。
「朝廷が乱れましょうな」
「そうよな。あれもそう言うのだ」
最愛の高貴な御身分の方、しかも世子となられるであろう王子様の御生母、その方を中宮様に据えたい。それが偽らざる王様のお気持ちなのだろう。だが……あの方は反対なさり、王様もそれをお認めになった。
「大状元にお邸を、宮中のすぐ隣に賜りましてはいかがでしょう?」
王様のお顔が、少し晴れやかになられた。