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ハードな設定・3

いよいよ、次回から本編?

 義父になってくれた金稔が北の国境地帯で戦死すると、すぐに正三品の位を賜った。死後に頂いてもねえ、とは思ったが、遺族に交付される物やら御褒美やらが違うらしい。義母の張貞順が朝な夕な王宮の方角に向かって拝礼するのも無理は無かったのかもしれない。まあ、そこまでは良いとして……


 寄ると触ると「家門の名を上げよ」「家門の誉れとなれ」などなど、元来赤の他人の私に家門、家門って言いすぎる所為だろう。色々親切にもして貰ったのに、義理の父上が亡くなっても、私の感情は冷めている。でも、受けた恩は返さないとやっぱり、いけないよなあ。それがこの社会での基本的なルールみたいなもんだろうし。


 問題は位を賜ってから更に半年後に勃発した。北方の国境紛争は激化し、やがてかなり規模の大きな戦闘になり、この国は手痛い敗北を蒙った。すると緒戦の時の判断が誤っていたとか、作戦を立てた者が一番罪が重いとか、色々お互い責任のなすり付けになり、宮中の奇怪な政治力学が働いて、あれよあれよと言う間に戦死した義理の父上は戦争犯罪者扱いになってしまった。位は当然取り上げられ、義理母上と娘として届出がされていたらしい私は「官婢」にされてしまう事が決定した。


 とっつかまったらそれっきり。何処かの強制収容所に配置されるならましな方で、昨今の政治的な状況だと勝手に「下げ渡された」事になって、権力者の私邸で文字通り奴隷扱いでこき使われるか、セックススレイブ扱いされるか、まあ、ろくな事にはならないだろう。何処かに身を潜めて、恩赦を待つのが現実的に思われた。


「逃げましょう、母上」


 見張りが飲む酒や水瓶の水に痺れ薬を仕込んで馬を引き出し、とりあえずは今の宮中を仕切る連中と距離を置いている太王大妃様が篤く信仰なさっている寺へ、身を寄せる事にした。

 寺に二人で逃げ込んだ直後から、幸か不幸か幾度も北方で小競り合いを繰り返していた相手がついに国号を清と名乗るようになり、本格的に攻め込んできたので、国内は大騒ぎになった。屈辱的な条件を飲んで清に軍を引き上げて貰い、どうにかこうにか国が落ち着いた時には、私たちを官婢とした処罰命令もどうなったのか、うやむやになっている可能性が出て来た。


 潜伏していた間に、私は寺に出入りする商人の支店の業務を手伝い、帳簿の管理や流通システムなどについて学び、多少の小金も蓄えた。身を守るための武術にも励んだ結果、年中男装してあちこち飛び回る事になって、義理の母上を嘆かせた。


「もう少し娘らしく装ったらどうなの? 」

「巷には危険が沢山で、男装して刀を背負っていた方が安心です。それに……」


 都に戻る算段を立てているから、待っていて欲しいと言うと、何だか納得してくれたようだ。家門がどうのこうのと言わなくなった母上と私は、以前より気持ちが通い合うようにもなっていた。母上は名誉回復も諦めていたからなのかもしれないが、生まれ育った都に戻りたい気持ちは強いようだった。

 うやむやのままどさくさ紛れに都に住む事はできそうだが、今後の安全を考えると官奴婢から外してもらう『免賤』の手続きを正式に踏みたい。そのためにも金が要るのだ。


「どうやら金を貰って『免賤』を請け負う人間がいるようですが、金額が足りません。思いついた小商いをして、上手くゆけば数年でその金額を貯められると思います」

 母はその話をした頃から、余り文句を言わなくなった。既に六年以上の月日が過ぎていたが、義理の父の家から逃亡する際に持ち出した金は全額母に預け、手を付けていない。


 女の身でやれる商売などたかが知れてはいるが、都に少しこれまでとは趣の違う小物類を売る店を開いた。店と言ったって、この国では従来から宮中の御用商人以外は差し掛け小屋みたいなつくりの粗末な店を、市場に開く程度だ。その際、市場を取り仕切る顔役と上手くやれるかが一つの鍵になってくる。その点、私は恵まれていた。


「スルギは読み書きが出来て、帳簿がわかるから良いよなあ。その上別嬪で腕っ節まで男なみ、大したもんだぜ」

「今日は手紙でも代筆すれば良いの? ヤンホ兄さん、これ贈り物包みで考えてみたんだけどどうかしら? 」

 贈答品などを包む袱紗や風呂敷のような物を『ポジャギ』と言う。貧しい者が絹製品を余り持ち歩くと、下っ端役人に目を付けられたり、ヤクザに絡まれたり、ろくな事が無い。だからここで扱う品物の素材は、麻などの庶民向けだ。


「初めて見るが、綺麗な柄だな。素材は麻だが、品が有る。その背中からデカイ倭刀を背負うのをやめて、女物に衣装替えしなよ。お前の器量なんだから地味に作っても十分目立つさ。その方が絶対に品物が売れるぜ。男の客も女の客も寄ってきやすいからさ」

「花も恥らう十五の乙女なんだから、無用心だと怖いじゃない? 兄さん、護衛してくれるの?」

「俺の腕を思い切りねじ上げた事だってあるくせに、よく言うぜ。お前みたいな口八丁手八丁の乙女が居てたまるかよ。こう、やっぱり後宮のやんごとない方々みたいにしずしずと、おしとやかじゃないとさ」


 ヤンホ兄さんもどうやら役人の息子だったのに、奴婢に落とされたらしい。互いにそう言う細かい話はしないのがこうした市場での掟だが、付き合う内にわかってしまった、と言う訳だ。学問は苦手らしいが、才覚は有り、いつの間にかこの市場の顔役に収まった。女にももてるが、独身だ。年は二十歳らしい。こうして私がヤンホ兄さんと話し込んでいると、幾人かの女に睨まれる。別に口説かれているわけじゃないのに。実に鬱陶しい。


「兄さんもてるから、私また睨まれた。商売しづらいから今日はこの辺で、引き取って」

「わかった、わかったよ。あ、この手紙、清書してくれ。相手は正五品の武官だ」


 ヤンホ兄さんは一応の読み書きは出来るが、字が下手だ。読めないほどではないが、役人相手だと筆跡の良し悪しが大きく響く。私は市場で役所向けの手紙の代書屋のような事をやっている。近頃は妓生の依頼で、趣き有る恋文の代筆も引き受けている。これは情報も金も手に入るなかなかに悪くない商売だ。


 様々な秘密を背負った雑多な人間が行きかう市場は、面白い。万事儒教と身分制度でがんじがらめのこの国で、一番面白い場所かもしれない。思いも寄らない出会いと言うのも、こうした場所では起り得る。だが、それが必ずしもラッキーとばかり言えないのも、事実だ。



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