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産休・3

生まれたのは果たして?

「今、この国を目覚めさせなければ将来に大きな禍根を残し、いずれは他国の領土にされてしまう。そう考えているのだな、お前は」


 ロシアの近代化はもうすぐ始まる。と言う事は不凍港を求める南下ももうすぐだ。


「西洋の国々の侵略の手口は巧妙化し、ますます悪辣になって行くでしょう。近隣の清や倭と協力できれば良いのですが、大国清は我が国を琉球よりも更に格下の属国とみなしていますし、倭は金銀の産出も多く、五穀の出来高も我が国とは比べ物にならない多さです。どちらの国からも軽んじられず、信頼される同盟国になるのは当分難しいでしょう」

「西洋のやり口は極悪非道であると言っていたが、そのようなひどい目に遭わされた国があるのか?」


 私はアステカとインカがどのように滅んだか、今も民がどのように虐げられているかについて語った。


「この『農政全書』を書いた徐光啓と言う人のように、聖賢の教えを補うものとして天主教を見る向きもありますが、余りに危険です。西洋では他国を無慈悲に侵略する事に対する良心の呵責は無視され、得られる利益に夢中な君主ばかりですから」


 天主教の教えが他国の侵略を正当化する大義名分に使われる事を説明する。利瑪竇マテオ・リッチたちの中国の国情に即しすぎた布教方法はやがて、大いに批判され、西洋はその牙をむき出しにし始めるだろう。


「何処かで、ずっと以前、聞いたことが有る様な気がする……何処なのだろう……」

「前世の御記憶でしょうか?」


 この時代の人間なら素直に聞き入れられない事も、正邦様はすっと理解できる。あるいは思い出す。前世の記憶が私より更に曖昧な様だが、近代社会を僅かでも知っている。その事が私たち二人の関係をより深めている。


「どうやって生き延びればよいのだろうな」

「国を大切に思う気持ちを、良い方向に持って行ければ希望は有ります」

「下らぬ派閥争いをしている暇は無い……と言うわけだな」

「北の大国露西亜が必ず我が国の国境近くまで迫ってくるでしょうし、仏蘭西や英吉利と言った強国も侵略の足がかりに使おうと、我が国を狙うかもしれません」

「足がかり?」

「我が国に港を作ると、各地に船を出しやすいかと」

「つまり……貧しいこの国ではなく、目当ては豊かな別の国……であったりするのだな」

「はあ。まあ、そうなりましょうね」

「貧しい国の王としては、知恵を絞らねばならんか……そんな事ばかり考えているから、唐衣ごときでは喜べなかったのだな」

「申し訳ありません」

「良い。生まれてくる子が男なら、重い責任を負う事になる。お前がそれを一番に考えても、無理は無い」

「お気持ちは嬉しかったのです。とても。でも後宮の中に入ると、それだけを無邪気に喜べないのは辛いですね。つい、この国の行く末や、王家のあるべき姿などと言う事を考え込んでしまいます」


 額にキスが落ちてきた。難しい顔をして皺を作るなよと、冗談めかしておっしゃったが、寂しそうだった。

 

「貧しい国の愚かな派閥争いでも、治めるのは一苦労なのだ。世子となるこの子は大変だな」

「他の方が男の子をお生みになるかもしれないではないですか」

「世子はお前の子以外、考えられん。なのに……今すぐ中宮にすえてやれないのが、情けない」

「私を中宮にすえたら、余計に派閥争いが激化しましょう。私の血筋の問題も有りますから」

「だが、お前が一番高貴な血筋で、一番賢い」


 どう答えるべきなのだろう。困ってしまう。生まれてくる子が世子となる王子であったなら、生母を中宮にすえるのが常套だろうが……私の場合は……


「そうか……お前は……自分の高貴な血筋も、その賢さも、中宮となるには障害だと考えているのか」


 声に出さなかった私の答えを正邦様は読み取った。


「お前なら、世子をどう支える?」

「まだ、子が男かどうかはわかりませんが……」

「絶対、男だ」


 本気で正邦様は信じておられる。


「はあ。ならば……大状元として、表から支えた方が良くはありませんか?」

「それしか無いのか。もっとも愛しい女を表立って妻とも呼べず、世子の母とも明かせないのに……」

「でも、私が中宮となれば、不毛な派閥争いに火がつきます」 


 じっと正邦様は、私の顔を御覧になって、それから悲しそうな笑いを浮かべた。


「そうだな。お前の言う通りだ」

 

 数日後、私は王子を産んだ。気が抜けるほどの安産だった。だが、王子の存在は当分秘密にされる事になった。

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