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産休・1

 産科医療なんて、薬にしたくも無い状況で子供を生むのは正直不安だ。だが、この世界に私を送り込んだあの天使らしき存在が「送り込まれた先の世界で重大な役目を果たすでしょう」と言っていた子供を生む事にはなっているはずだ。

 何が怖いって、ごくごく初歩的な衛生的観念も無い人間が多すぎるって事なのだ。別にこの国に限らず、まだ細菌とかバクテリアとか言う存在が知られていない世界で「殺菌」とか「衛生」とか言っても、無理が有る。


「好きなようにして良い」との許可を貰って、大王大妃様と大妃様のお住まいの地続きの裏手に、自分が出産する時のための住まいを作った。資材の運び込みは王宮の外との間に秘密の通用門を作り、そこに夜間に運び込ませる事とした。職人達には「大王大妃様と大妃様が共同でお使いになるお休みどころ」と言ってある。多少変だと思ったって、お二人に質問する人間など居ない。


 出産を見越して、いろいろな所でスカウトして来た人材を大王大妃様と大妃様の所で研修させたが、行儀作法はともかく、お二方が派遣して下さる予定のベテランだって衛生観念はゼロなのは辛い所だ。

 それにしても……もうちょっとどうにかしたい。この国の子供は皆、寄生虫が腹の中に居ると見てまず間違いない。寄生虫とも平和的に共存すれば、無事だが、一般的には栄養状態も悪いので、かなり頑丈じゃないと乳幼児は生き延びない。


 まず、この国では使用する水自体が汚染されているケースが余りに多い。

 井戸は屋根も無い開放式で春先の黄砂も入り込みっぱなしだし、洗い物や洗濯をするついでに色々なものが中に落ち込んでしまう事も日常茶飯事だ。江戸の下町の井戸なんかは大雨や砂塵を防ぐ屋根が付き、滑車が標準仕様であるようなのに、その屋根も滑車も防護壁も無いのだ。水を汲むのは日常的な重労働で危険な作業でも有る。幼い子なら誤って落ちかねない。それに……この後宮だと嬰児や女官・下仕えの死体が井戸から出て来る事だって、そんなに珍しくない。


「これは具合がよいものですね。洗い物をしてものを落としてしまう事も、間違って人が落ちる事も無いですし。残飯や洗濯の汚れも入り込まないのは、確かに綺麗で気持ちが良いです」

「何より水汲みがずっと楽になりました」


 西洋の学問に興味がある人物に研究費用をふんだんに提供しておいたのと、中国国内では全く評価されていなかった産業技術書の『天工開物』を大量に購入し、更には版木を彫って印刷して、気に入ってくれそうな人物に無償で配りまくったのが良かったらしい。おかげでどうやら西洋式の水汲みポンプを出現させる事に成功した。

 この住まいで使うのはいわば試作品で、将来的には、施工方法もシステム化し、この国全体に広めたいし、売れる物は外国にも売りたいと考えている。


 著作権の概念も無い時代だから『天工開物』の著者・宋応星先生も怒らない。それでも、平成の日本を知る人間としては気がとがめるので、手紙で連絡を取り、許可を頂いた。お怒りになるどころか、異国の人間であっても正当に評価する者が現れたと喜んで下さったようだ。良かった良かった。

 儒教の呪縛のきつい国では実学は軽視されがちで、困った物だと思う。


 後は石畳を張って、屋根を付けた洗濯スペースを作った。洗う作業を行う部分はヨーロッパの共同洗濯場の構造を参考にした。すると、大王大妃様と大妃様の所の下仕えたちはここで洗濯を行うようになり、両方のお住まいの下仕え同士の交流も自然な形で進んだ。

 幸い、お二方とも中宮や側室方とのお付き合いを余りなさって来なかったので、そうした所とは下仕え同士も疎遠だ。一番の問題は秘密保持だが、両方の部屋の怖い向宮たちが見張ってくれているし、「この結構な条件のお住まいにお仕えし続けたいなら、秘密は守る事ですね」と言う言葉を下仕え達もその通りと思っているようだ。


「頂く御飯もお手当ても寝場所も、それにお仕えする御主人様も、こちらほど結構な所は有りませんから」


 多分、本気で言っていると思う。手当ては相場の倍出しているし、鞭だのビンタだの絶対食らわせないし。


 病欠中の金大状元イコール出産を控えた自分たちの女主人、と気がついている者もいるはずだが、何かに付けて「何より秘密を守ってくれないと雇えない」と言ってあるし、度々王様が姿をお見せになるのだ。うかつな事を言ったら首が飛ぶ、ぐらいの事は考えただろう。


 この住まいには大王大妃様か大妃様のお住まいを通過しないと入れない。それも秘密の通路だ。だから、お二方、特に大王大妃様のお住まいに良く出入りする廷臣や側室達にはばれていないはずなのだが……どうだろう?

 正邦様は「最悪、秘密を知られても、それを公言できないように圧力をかける」とおっしゃるが、うまく行くものだろうか?




『天工開物』の著者は清朝には仕えないで亡くなったそうですね。

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