気ぜわしい毎日・2
この所、甘藷に熱中している。子供の内侍見習いや、女官見習いたちが、皆熱心に手伝ってくれるのは、予想外だったが。順恵翁主様は一番熱心なサポーターだ。
「ねえ、ヨンス、難しい病気なの?」
「ええ。でも、治る見込みは十分有ります。運が悪ければ死ぬかもしれませんが」
出産の前後は姿を隠さざるを得ない。難しい病気で外国の名医の所で、腹を切って手術をするのだと言う嘘をついているのだが、心苦しい。
「いやよ! ヨンスが死んじゃったら、甘藷の苗を皆に分けてやれないし、母上や私は美味しいお菓子が食べられないじゃない」
スウィートポテトを作って、中宮から側室全員を尋ね、それぞれのお住まいの見習いの少女達の手を時折借りるが、お許し下さいと話を通しておいた。すると、このスウィートポテトが馬鹿受けしたのだ。
「ちゃんと担当の女官達に作り方を伝授しておきます。だから大丈夫ですよ」
「べ、別に、お菓子が目当てで、言ってるのではないわ」
「判っておりますよ」
「せっかく大状元様になったのだし、早く元気になって、戻ってきてね?」
他の子供達はお使いを頼んだり手伝いをして貰うたびに、ちょっとした小遣い、日本円で千円から五千円程度の銭は普段から良く渡してはいたが、留守の間、畑の面倒を頼んであるので特別にバイト代を出した。大人の向薬職に居る連中にも、しっかり餞別の品物を贈っておく。こっちは絹織物にしておいた。同様の物を幾人かの女官にも渡した。無くても良いが、有れば余計に気持ち良く働いて貰える。子供らには更に菓子も贈った。
順恵翁主様には私が自筆で『千字文』を書いた物をお渡しする。
後は地理、算学と言うか数学、保健医学のテキストを子供向けにアレンジした物を添えた。
「ヨンスがお留守の間は、どうすれば良いかしら?」
「普段のお勉強をなさってください。『千字文』はともかく、他は先生や母上様には内緒の方が良いかも知れませんね。女の子、特に姫君にはふさわしくないとお考えになるかもしれませんから。叱られそうになったら、私が王様の御命令で作り始めている子供向けの学問の本の一部だと、おっしゃって下さい」
「私だってお星様や、遠い土地の事や、自分の体のことを知りたいわ。母上はそう思わなかったのかな」
「さあ、どうなのでしょうね。立派な内命婦でいらっしゃる事が一番大切だと思ってこられたのでしょう」
「何だか、それつまんない……」
「姫様は御自分が『これで良い』と納得できる生き方が出来ると良いですね」
この国の教育は実学を軽視しすぎているし、自然科学がまともな学問的対象と見られていない。これでは産業の発展はおぼつかない。地球は大きな球であると言っただけで、危険な思想の持ち主とみなす向きもあるので、天文学はまだ時期尚早だろう。それでも、主な星座と季節による見え方の違いぐらいは地理の方にちょっと付け加えておく。
数学は加減乗除の問題程度に止めた。『孫子算経』あたりをひっくり返して鶴亀算なども多少触れてあるが、こういう事を姫様に教えるのは、余り好まれないかもしれない。御生母の昭容様の御意向もわからない。
「スルギにその内、子供向けの学問の書物を編纂してもらおうかな」
正邦様はそう仰るが、適切な人物を私が選んで作ってもらう方が、尚良さそうだと言うと「そのあたりは好きにしてくれ」との事だった。
姫様に渡したのは、いわば教科書の原案のような物なので、まだまだ改良の余地が有る。
やれやれお産が終わったら、テキスト作成もする事になりそうだ。出産予定日は、もう、目前に迫っている。