老いた宦官の呟き・3
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不正防止のため、まずは答案の受験生の名前を糊付けして隠し、王様が御自身で選出された身分は軽いが、収賄に応ずる可能性が低いと思われる者たちに、それらの答案を筆写させる。筆写する事で、筆跡から誰の答案か推理する事も出来なくなるわけだ。こうして収賄による情実が働かないようにしたのだ。
通例とは異なり、王様御自身が転写に立ち会われた。不正は絶対許さないという強いお気持ちの表れだろう。
筆写したものの方を隣室に持ち込み、七名の採点官が全員で全ての答案をそれぞれ採点する。採点には三日を要する。その間、我が内侍府の監察部は内禁衛・兼司僕・羽林衛の王宮護衛の任務に当たる内三庁の者達と共に、日夜不届き者が答案のすり替え、部屋からの持ち出しなど不正行為を働かないように、採点を行う部屋の内外を護った。
今回の殿試における採点官の最高責任者は『龍頭会』の会長で領議政の金恩成様だ。他の採点官二名が「秀逸だが過激」として、わずかな減点とした答案が他を切り離して、堂々たる成績で第一席となった。
そして再び、振られている番号を元に、元の答案と採点の済んだ写しをあわせる。
採点官と筆写に当たったもの全員立会いの下、成績順に答案を並べ、そして王様も見守られる前で糊付けした氏名の部分が開かれる。
王が直接目を通されるのは、上位十人の答案までだ。
「いやあ、元の筆跡を今こうして見ますと、実に見事で驚きました」
「提言された政策の趣旨は理解できますが、身分の上下を悪しきものと見なしている節が見受けられ、わが国の国是に反する部分も無きにしもあらずと感じました」
「百姓からばかり税を厳しく取り立てるのは限界が有る。現在違法では有るが、既に存在し、それなりの役割を果たしている賭博場や高利貸し、闇市などを国が認定し管理して、新たな税収源とすると言うのは、斬新ですな」
「女人にも教育を施す事で、赤子の亡くなる数が減り、風紀が改まり、将来を担う世代がより良く成長すると言う主張は、一理有ると感じます」
「新たな産物を生み、国を豊かにするためには、従来賎業とされた商いや工芸の担い手を意欲的に働かせる事が急務だと言うのはうなづけます」
話題になったのは「秀逸だが過激」と言う評価もでた第一席の答案だった。
採点の責任者の金恩成様は、第一席の答案を口に出して、読み上げられた。
「ううむ。内容は苛烈であるのに、読み上げた時の音律は実に美しく、字は見事だ。いやあ、驚きました」
上位三名の名を領議政の金恩成様が書き出し、すぐに王様に御報告が届いた。
「判内侍府事、やったぞ、スルギが」
王様は大層お喜びだった。
「後は雑科だぞ」
そうなのだ。王様は雑科と呼ばれる専門職向けの試験の内、医科の試験もかの方に命じておられ、そちらも既に受験された後なのだ。典医監が主になって行われるこちらの試験は、かの方がおっしゃる様に、人の命を預かる医師の選抜採用試験の割りに文科の殿試より国の扱いはずっと地味なのだ。
同じ日の内に、医科もやはり第一席で合格なさったと言う報告が届いた。
「来年になるが、武科殿試を受けさせたいな」
武官の選抜採用試験の方も考えておられるわけだ。
「武科殿試には騎撃毬と歩撃毬が御座いますが……」
騎撃毬・歩撃毬と言うのは棒で球を打ち、奪い合う、なかなかに過激な球技だ。実質的な戦闘のための技の数々の総合力が発揮されるとして、わが国では重視される。もっとも、このような競技は庶民には無縁で、士大夫のみに許されたたしなみである。
特に騎撃毬の方は、騎乗しながら点数を競い合うと言うなかなかの難物だ。試合が白熱し、場合によっては凄まじい揉みあいにもなる。あの方の華奢なお体を考えると、いささか不安ではあるのだが……いや、それより、他の男たちと球技とは言え、寵愛する方が体を揉み合う様な羽目になったら、王様はやはりご不快ではなかろうか?
「ううむ。あれの体調が十分に回復したら、余が立ち会って練習をさせねば……今年では、皆があれを士大夫の仲間内とは認めないであろうから、来年にしたのだがなあ」
王様は専ら身分差別の方を御心配あそばしている。確かに、もっともなお話だ。
御計画では、この文科での素晴らしい成績が皆に知れ渡り、身分の上下にやかましい連中もあの方に敬意を払うようになってから武科の殿試を……と言う事のようだ。
「今頃は龍頭会主催の酒宴か? 嫌がらせや辛い目に遭っておらんかな」
王様の御心配ももっともだ。
「会場の妓楼はあの方がかつて、女将から花形の主な妓生連中まで親しく交流なさっていた所です。姑息なたくらみや嫌がらせは、恐らく有ったとしても未然に防がれましょう」
「そうか。それを聞いて安心したぞ」
既に市中に放った密偵たちから幾つかの報告が入っていた。華やかに夕暮れの街を進む及第者達の行列は、歓呼の声を持って迎えられたらしい。特に目を引いたのは艶やかに着飾った妓生たちの「金状元様、素敵~」と言う黄色い熱狂的な歓迎であったと言う。




