夜中の独り言・1
王様視点の話です。
余りにも自覚が足りない。スルギは自分の魅力に対して自覚が無さ過ぎる。あれほど殺気には敏感で有るのに、実にそのあたりの無頓着さが不思議に感じられる。
内侍姿のスルギに幾人かの女官や、下仕え達の熱い視線が向けられている事がしばしば有る。順恵も幼いながら、間違いなくスルギを好もしい異性として見ているのだ。私はそう信じている。
押し付けられたとはいえ、迎え入れた側室もそれぞれの一門や派閥から容姿端麗な者を選りすぐっただけあって、まずはこの国を代表するような美女達と言っても良い。だが……
化粧もしないで、内侍見習いの服装で薬草籠を持って歩いているスルギの方が綺麗だ。惚れた欲目と言うわけではないと思う。スルギと付き合っていると、男か女かそんな事はどうでも良くなって来るのだ。ともかく、自分がスルギの一番近しい存在になりたい、そんな想いで一杯になってくる。
そもそも最初に出会った時から、男女を越えた存在だった。
美しい音で笛を奏で、鋭く闇を切る礫を投げ、鮮やかな立ち回りを披露したスルギは颯爽としていた。美しかった。美しい少年だと私は最初、信じて疑わず、再会を願っていた。何しろ、ろくに礼もいえなかったのだ。気になって当然だったが、どこで会えるという当てもなかった。だが、縁が有ったのだろう。
街中でポジャギを商う店の女主人に出会った。自ら書いたと言う値札の筆跡の見事さに、最初驚いたのだったが、その女主人が年若く、清らかな佇まいの中に艶やかな風情を漂わせているのに心が動いた。
再び見事な笛に吊られて、いつぞやの松の大木の傍に行ってみた。姿を現したのは、あの美しい女主人で、見事な礫と立ち回りで曲者を追い払った美しい少年とは何と同一人物なのだった。
恩返しをし、なろう事なら身近に使える臣として取り立ててやりたい。そう願った美しい少年と、目を引き付けられた若い女が実は同じ人間であったと言うだけでも十分に驚きであったのに、次から次へとやる事が斬新で、奇想天外で、強く惹かれた。後宮に閉じ込めるには惜しい才能だと思った。街中で自らの創意工夫で生きるのが一番良いのかもしれないとも思った。王であっても、私がしてやれる事はわずかしか無いとも感じた。……せめて男であれば取り立てようも有るのに、女の身では何ともならないと思ったのであったが……
幾度か文のやり取りをし、書いた物を読み語り合う内に、何かやりようが有るのではないかと考えが変わってきた。スルギの熱意、心情にふれて、知らず知らず私の考え方が変化したのだ。
「女の力で、もっと国を変える事ができるのではないか」
スルギなら科挙も受かりそうだった。だから、受けさせてみたい。そうして女に政など出切る筈が無いと思い込んでいる頭の固い連中の考えを変えてみたい、最初はそんな風に考えたはずだった。スルギは恩人で友で同志だ……あくまで、そう考えて接して行くつもりだった。内に湧き上がる感情は見せずに、秘め続ける、そう決めていたはずだった。
いかに心引かれても、後宮に引っ張り込んではいけない。スルギを不幸にする。自分ではスルギを幸せに出来ない。だから自分の想いは打ち明けない。そう決めていたのだ。その自戒を守る事は十分出来る。そのはずだった。
だが……筆禍事件が起り、スルギの身が危なくなった。保護するために、宮中で一時かくまう。そうするだけのはずだったのだが、あの夜、一人で酒を飲んで、全てが弾け飛んでしまった。
正直な話、誰も信じられない、誰も愛せない、そんな宮中に居る事に自分自身が耐えられなくなったのだ。愛する女を不幸に引きずり込みたくない想いと、自分の物にしたい欲望に、私は翻弄され、結局の所、欲望に負けた。スルギが欲しかった。誰にも取られたくなかった。
私はスルギが一人で居る部屋に真夜中に入り込んだ。そしていきなり抱きすくめたのだ。
まるでスルギの書いた話に出てくる無体な男達のように。何ともひどい話だ。
「スルギ、許せ」とか「イヤなら、私を突き倒して、頬を打て」とか、色々くだくだと言いはしたが、ひどい事をしていたのは一向に変わりないのだった。ひどい事をしておいて実に勝手だが、スルギに嫌われてしまうのが何より恐ろしかったのだ。
あの「兄さん」と呼ぶ男もだが、おそらく美しく賢いスルギに心を寄せる男は幾人も居たはずだ。私はあせっていた。ひょっとしてもう既に誰かと契り、あるいは所帯でも持とうと決めているかもしれない。そう思っていたのだが……スルギにとって、私は初めての男だったのだ。大きな責任を感じた。だが、幸せだった。
何よりスルギも私を好いていてくれたのだと、はっきり言って貰えた。本当に嬉しかった。
「お前、いつから私が王だと見抜いていた?」
「初めてお会いした時に、護衛の方達にヒゲが無いのに気がついて以来、或いはと、ずっと思っておりました。御名前を教えて頂きたいと申しました折に、大層ためらわれたので、やはりそうかもしれないと……」
「ならば、なぜ、知らぬ振りを通してくれていたのだ?」
「失礼ながら……お幸せでは無さそうに見えました。そして、私との話や文を本気で喜んで下さっているように見えました。ご縁を大切にしたい。そう感じていたのです」
共寝するようになってから聞いた答えは、いかにもスルギらしい。確かに、縁とは不思議な物だ。
スルギは身篭った。これも縁の深い証だと思う。そして、本当に思いもかけぬ事に、大妃様との浅からぬ関係もはっきりした。密かに再会を願っておられた妹君の忘れ形見を、大妃様は全力で守ろうとなさるだろう。実に心強い。これもスルギの右肩に有る幸運をもたらすと言う、ホクロのおかげだろうか?
今、スルギは背中を私に預けて、心地よさそうに寝息を立てている。そして、その安らかな息遣いを感じ、子が居る腹をそっと撫でてやりながら、私も穏やかな眠りに入るのだった。