王の女・11
聞く所によると、原則的に懐妊したら王とは同衾しないものらしい。
でも、私達は連日一緒に寝ている。
幾度か他の人の所にも行って置いたほうが良いのではないかと薦めて、中宮と四人の側室の所を回って貰ったが、正邦様はどうやら安眠できないらしい。
「まあ、途中までならかまわないのだが、一晩中は無理だ。やっぱり、スルギが隣に居ないと駄目だ」
翌朝の朝食も進まなくなってしまうらしい。メンタル的な部分が大きいみたいだ。正邦様は、王として居座り続けるには少しばかり神経が細いタイプの人なのだと思う。誰を信じて良いのかわからないような状況では、心身共に休まらないと言うのは、もっともな話だとは思うが……
周りの全部が信じられなくなると、先々代様、つまりこの私の元の肉体の持ち主の三星ちゃんの実のお祖父ちゃんだが、その先々代様みたいに疑わしい人間を全部、排除・粛清したくなってくるかもしれない。王宮が血みどろになる毎日なんて、それはそれで困る。ただでさえ前王の時代に清に負けて、この国はヨレヨレなのだ。
あの惨めな敗戦は儒教馬鹿の学者や、清を「蛮族」としか見る事の出来なかった廷臣どもの罪なんだろう。廷臣たちに担がれる形で即位した分家出身の前王様には、宮中に溢れる馬鹿を押さえ、舵を取る力が無かったのだ。余りの惨めな敗戦がショックで、寝込んで、すぐ前王様は息を引き取ったわけだが……宮中内で人を切りまくってから自刃して果てた先々代様の祟りだ……なんて言う噂も根強く残る。
色々有って、明るく元気に生きて行くのは難しいのだ。この国の王は。
この国は日本より冬は乾燥して寒い。外はマイナス五度から六度まで冷え込む。オンドルで温まった床の熱で温まる事を前提に作られるので、王の布団でも結構薄く仕立てられていて、せんべい状態だが、実に良い感じに暖かい。オンドルのかまどを焚くのは内侍府の口の堅そうなお爺さんだ。聞けば判内侍府事の腹心らしい。
「私は貧しい士大夫の次男でして、爺やは昔から私の面倒を見てくれた忠義者です」
判内侍府事が「爺や」と呼びかける声の感じが、微妙に優しげで、珍しく暖かい感じがする所を見ると、なにやら、二人の間には深い因縁があるのだろう。
「爺や」は相当に耳が遠いので、大きな声で話さないといけないのだが……閨でのあれこれを聞かれるのが恥ずかしいし、場合によっては国の機密に当たるような話もポロッと出てしまうので、そのぐらいのほうが有りがたい。おそらく判内侍府事は、その辺りも織り込み済みなのだろう。
そんなこんなで、正邦様と連日一緒に寝ている現状だが……そのまあ、妊娠中だと激しい事はできないので……恐る恐る高先生に伺ってみた。
「しきたりでは懐妊すると同衾しないが、スルギなら自分の体の加減で、決められるのではないか?」
逆にそんな風に問い返されてしまった。
「私は別に懐妊できるわけではないから、まあ、症例を思い浮かべ、書物の記述を思い返してあれこれ言うだけの事なのだ。そうした、口に出しにくい話まで出来る関係の女人はそなたしか居ないので、他の方が実の所どうであったのかは、私は全く知る由も無いのだよ。こんな症状が出たが、どう思うかと聞かれれば、多少意見を述べる事は出来ても、結局どうするか決めるのは、スルギ自身だ。スルギには判断できる能力が有るのだし、責任も有る」
先生は、全く正直な話をなさったのだろうが、つまる所自己責任、そういうわけだ。
「別にその、お前が隣に居てくれれば良いのだ」
正邦様に懇願するような口調でそうまで言われてしまうと、別に拒む理由も無い。しきたりでは王のお目覚めより先に布団を出て、身じまいしなくてはいけない物らしいが、朝食の時間までに常御所に戻るので朝が早いのだ。
「眠いのであろう? 構わん、寝ておれ」
そう仰るので、お言葉に甘えてグーすか二度寝する事も珍しくない。察するに正邦様には、微妙に前世での記憶が残っていて「妊婦は眠い」と言うことを御存知なのだろう。
起きたら自分で身支度して、簡単に粥と何かちょっと食べて、高先生の所に行く。時間はいたってルーズでアバウトだ。本当は下積みの内侍の一日は、早朝の掃除から始まる物なのだが……文字の読み書きが自由に出来て、有力者の縁故があるとその部分をカットされる例外規定があるらしい。多分私は、そういう扱いなんだろう。
「王様が殿試の会場に、オンドルを入れて下さって本当に良かった。懐妊している体に、冷えは大敵だからな」
ああ、オンドルの工事が済んだんだったけ。殿試はもう目前だ。