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王の女・8

何か、長めです。すみません。

「国子監で、お前のために試験をするように計らっておいた。高内官に付き添ってもらって行くのだぞ」


 マジですか? 


 本気も本気らしい。過去問やら模範解答の記録やら机に盛り上がるぐらいどっさり部屋に運び込まれた。これを特別試験当日までにチェックしておけって? はいはい。王命、わかりました。たった十日で?

 チート的な記憶力が無かったら、脳みそがパンクしていたはず。科挙って糞暗記&アレンジ能力&パフォーマンスと言う感じだからなあ。上手く行くのか?


 国子監……呼び方がより中国風だが、かつて居た世界の歴史に登場する成均館と別に変わらない。つまりは科挙を受けるためのエリート教育の総仕上げを行う場所だ。士大夫でなくても名目上は入学できる事にはなっていたが、きわめて稀で、実質は士大夫階級の中でも豊かな家庭の子弟が大半で、各学生には国から食料に学費だけでなく、世話をする奴婢までが宛がわれている。最近は裏口入学の噂も絶えない。全くもって困った物だ。



 私は高先生に付き添われて、教授たちの詰めている部屋に向かう。途中幾人もの士大夫階級のお坊ちゃんとすれ違う。賢そうなのも居るが、裏口入学組じゃないかと思われる奴ほど、こちらに失礼な視線を投げかけてくる。


「なんだ。誰かと思えば。宦官ではないか」

「内侍が科挙を受けたとしても、官職などは望めんよ」

「そうそう。せいぜい向薬職で飼い殺しさ、ハハハ」


 世界で「一番不愉快な貴族階級」と或る西洋人が書いた連中は、こう言う感じだったのかなと興味深く観察する。高先生が誰か承知の上で、自分の親兄弟の権勢や身分を誇っているのだ。


「つくづくそなたは変な人だ」


 私が深くお辞儀をしても、全然怒ってないので、逆に高先生は面白がっている。


「あの馬鹿ども相手に怒っては、お腹の子に障ります。ああいう連中を使いこなすのはどうすれば良いのでしょう?」


 参考までに、先生にどこの馬鹿坊ちゃんなのかだけは伺って置いた。やはり相当なお歴々の息子らしい。


 このままでは、この国の置かれた厳しい現実も貧しい庶民の暮らしも他人事だと勘違いしているズレた坊ちゃんばかりが、将来朝廷を仕切る事になる。清貧とか勤労の美徳とかが理解できない困った人種が士大夫に多いと常々思って来たが、こういう教育機関のあり方は大いに問題だと思う。裏口入学じゃない連中でも、実学を軽んじ、空理空論を絶対視する傾向が強い。困った状況だ。これでは産業で国を豊かにするとか、民族的な資本を育成するなんて考えは、かけらも思い浮かばないんだろう。


 そうこうする内に「王命により」科挙の最終試験である殿試を受験する資格があるかどうか首実検と言うか、検査する国子監のえらーい先生たちが集合している広間に着いた。


「王命により、金勇秀の別試を行う」


 げげげ、皆、気に入らないと言う顔だ。なぜ内侍ごときに特別な試験をやらねばならんのだと思っている人が大半だ。これは、なかなか厄介だなあ。でもまあ、色々チート的な手法で、びっくりさせてやろう。


 身・言・書・判などと言われる答案の出来の良し悪し以外の要素も大きく作用する。身とは人民を威圧するような風采とかカリスマ性、言は訛りが無く荘重に言葉を用い堂々と話せるかどうか、書は文字が美しいかどうか、判は法律上の問題に関して誤りなく裁判ができるかどうか……なのだが、内侍であると言うだけで条件が不利だ。


 四六駢儷体と言う音韻と対句がポイントみたいな独特の文語が重要視される。はっきり言って文字数の割に中身がスカスカだったりするのだが、読み上げた時、耳に心地よく荘重に響き、書き下ろした時、対句の加減が美しいのが大事なのだ。ばっかばかしい気もするが、王への上奏、中国皇帝への上奏、中国の役所への公文書がこの体裁なのだから、致し方ない。明から清になっても、このあたりは大差ない事情なのだ。


 まあ、中華帝国に対して、この国の役人は知識人で文化人だとアピールできないといけないのだ。


「李杜の詩より随意選び楷書・行書・草書・篆書で書写せよ」

「紙は好きなだけ使って宜しい」


 こちらのレベルを見てやろうと言う事だろう。高先生もこのジャンルは得意だったみたいだ。李白から『蜀道難』『靜夜思』『月下独酌』の三作品、杜甫から『蜀相』『石壕吏』『登岳陽楼』の三作品を選び、楷書は一書体、行書・草書は各々二書体、篆書も一書体で書き分けた。これはあの天使が特別サービスで付けてくれた能力らしく、この世界の私はやたらと字が上手い。


「終わりました」

 書いている最中から。教授たちが感心してくれたのはわかったが、本題ではないと言う感じだ。


「では、朝廷への上奏文を一つ仕上げて見なさい。内容は君に任せよう」

 漢の時代の『塩鉄論』でのあれやこれやを前振りに入れて、結論は中華民国の塩政顧問だったイギリス人・ディーンの手法が良い、ってことにしておいた。まさにチートだ、インチキだ。本当に出来るかどうかより「もっともらしい」のが大事なのだ。

「出来ました」

 教授たちの予想より、相当短い時間であったようだ。


「いや、凄いじゃないか」

「君が宦官になってくれて、本当に良かった。ハハハ」

「合格。合格以外有り得ないな。いや、驚いた」


「王命が無ければ、受験するつもりは御座いませんでした。魚朝恩も、李輔国も、余り感心しません。私は平穏無事に生きて行きたい。それだけです」


 魚朝恩は唐の判国子監となった宦官、李輔国は唐の宰相になった宦官だ。こういうちょっと衒学的な言葉が、場の雰囲気に合っているような気がしたのだ。


「えらく無欲ではないか」

「平穏無事に天寿をまっとうする事を願うのは、十分欲深いと思っております」

 教授たちの目つきは珍獣を見るようなものに変わった。最初の冷ややかな視線よりはマシなのだろうか?


「では、殿試の時にまた会おう」

 殿試とは王の立会いの下に行われる最終試験だ。酒宴に誘われたが「王様に御報告申し上げなくてはなりませんので」と言うと、それ以上は誘われなかった。


「アレは、何なのかね? 王様の御信頼が厚い様だが」 

「こんな上奏文を書けるのに、宦官なのだなあ。惜しいと言うべきか、ほっとしたと言うべきか」

「それにしても随分と奇妙なのが、表舞台に出てきたな」


 地獄耳なので、部屋を出た後の教授たちの会話が聞こえる。能力は認められたが、事態はどう転ぶのか? 

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