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王の女・7

「では、やはりこの方は大妃の実の姪御なのですね。そのような方に御子が出来た。実にめでたい事です」


 ぴったり合わさった二つの玉牌と大妃様の妹さんの手紙をご覧になり、更にはホクロが確かに該当場所にあると言う正邦様の証言をお聞きになると、大王大妃様は大きく頷かれた。ホクロの位置確認を当然みたいに大王大妃様は正邦様になさったので、私は一人で非常に照れた。


「このホクロ、私以外の男に見せるなよ」とか仰りながら、キスしたり愛撫なさる時の事をどうしたってつい思い返して、顔が赤くなってしまう。その様子を見て正邦様はクスリと笑い、衣装の袖に紛らすようにしてそっと手を握るし、大妃様は何だか妙に身内の伯母様モードで私の顔を見つめておいでだし……余計に照れる。


「今の中宮を冊立する前に、お会いしたかった。ですが、そうのんきな事も言ってはおれませんね」


 その言葉で、元の緊張モードに戻る。大王大妃様は明確にアンチ中宮を表明されたが、どう言う訳だろうか?


「先の王子の事も有ります。先ほど何やら怪しからぬこともあったようですし。用心に用心を重ねませんと。ですが力仕事をする女官をすぐに四人揃えられる者と言えば、自ずと限られてきますからねえ。私・大妃・中宮そして……女官長」

「御祖母様、それでは……」


 正邦様は眉間にしわを寄せて、呟かれた。


「女官長は色々と怪しいと思いますぞ。王子のあの不慮の死にも、あれが関与していると私は以前から疑っておるのです、主上」


 大王大妃様がおっしゃると、大妃様もこうおっしゃった。


「私の生んだ三人の子が全て殺されたとは思っておりませんが……あの頃、あの女官長が私の身近に中宮付きの尚宮として仕えておりましたのは事実です」

「おお、まさにそうでした。今一番の問題は、お腹のお子を悪者どもからどう守るかですね」


 大王大妃の表情は老練な政治家か、謎を解く名探偵かと言う感じになり、宮中の複雑な人間関係を思い浮かべて、最も有効な手段は何かと、あれこれお考えの御様子だ。


「さようで御座います。この方が私にとってもかけがえの無い大切な姪とはっきり致しましたし、大王大妃様や王様とお気持ちを一つに、お子を守るべく努めさせて下さいませ」

「何卒宜しくお願い致します」


 正邦様が大妃様に深く頭を下げられるのに私も合わせる。


「大妃の御言葉は心強いのう。王子ならば前王が願われたように王家の権威が上がり、融和が図られましょう」


 大王大妃様は、幾度も頷かれた。


 さて、作戦の実行部隊だが……陣頭指揮は判内侍府事が取る事になった。

 そして私の住まいは、当分の間、今のままとした。大妃様と大王大妃様は、どちらかのお住まいに私が入る方が良いとお考えだったが、そうなると内侍姿の偽装もしにくいし、かえって毒の危険からは子供を守りにくいと私が言うと、認めて下さった。でも、あくまで子供がお腹に居る間の経過的な措置に過ぎない。出産後は重い身分にふさわしい取り扱いをするから、そのつもりでとお二人に釘を刺された。


「正直、どこまで信じて良いのか底が知れん所が有るが、一度口にした事は必ず守るだろう。それが判内侍府事が恐れられ、信頼される理由でもあるが」


 確かにそうなのかもしれない。お腹の子を守るためには、判内侍府事の古くからの親友でも有る高先生の所は悪くない隠れ場所だと思うのだがと私が話すと、正邦様は「そうだ、良い事を思いついたぞ」とニコニコなさる。


「年が明けて二月に科挙を執り行うが、お前、文科も雑科も受けてみよ。仮にも高内官の弟子ならばな」


 高先生が内侍つまり宦官であっても表の医師や官僚達にも尊敬されているのは、医師としての手腕が優れているだけではなく、科挙の成績優秀合格者だからなのだそうだ。

 内侍は貧しい家の出身者が多く、文字の読み書きもおぼつかない者も珍しくない。科挙は法令上は賤民ではない者の嫡出子であれば、誰でも受けられる。確かに女が受けてはいけないとも、宦官が受けていけないとも、一言も法令にも規則にも出てはいない。


「お前なら、文科は受験勉強無しでも受かるだろう」


 えらく気軽におっしゃるが、そうなのだろうか?


 文科はこの国の政治を行う文官の登用試験で、世間的には一番難しいとされている。雑科は職業的な技術官の登用試験で医学以外に翻訳・天文・法令と言ったジャンルが有る。試験の規則に「女が受けてはいけない」と書かれていないのは「女が受けるはずが無い」あるいは「女が受かるわけが無い」と言うのが暗黙の大前提だからだ。


 なぜ、そんな事をおっしゃったかと言うと、私を「退屈させないため」だとの事だが……

「お前、退屈すると何やら危ない事でも首を突っ込みそうだからな」

 確かに、言えているかもしれない。でも……

「本当にそれだけですか?」

「いや、だが、お前が合格すれば、それを実績として、お前が言う所の『女に対して理不尽な世の中』を変えるまつりごとを行う上で、何かと有利な条件になるのではないかと思った。女は馬鹿だと信じ込んでいる頭の固い連中の考えを根本から変えるには、実例が必要だろう?」


「試験会場は寒いからなあ。うんと暖かい毛皮の裏つきの外套を着て、湯たんぽを持ち込んで、綿入れなんかも必要だろうか?」 

 そんな事を仰る正邦様の頭の中では、私が科挙を、それも文科と雑科の二科目を受験するのは確定みたいだ。

「何しろ会場が冷えるから、文科は最終試験の殿試だけで良い。腹の子に障る。その前に有る試験は、お前にはたやすいだろうし。まあ、その前にちょっと面接試験は受ける事になるが。そうだな、近い内に受けても良いなあ。高内官から話を通すから、待っていろ」


 はいはい。この国で「王命」は絶対拒否できない物なのだ。でも、その王に同じ布団の中で抱きしめられながら承る人間は、そうそう居ないだろう。

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