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王の女・5

「大妃様がお召しです」


 建物の外から声がかけられた。実の所一体何の御用か、私には見当がつかない。お叱りではないとの話だったが……

 毎朝、正邦様は祖母である大王大妃様、まあ、正確に言えば分家の正室であった方だが前王の御生母で大王大妃としての称号を贈られた方と、継母である大妃様の所には、毎朝食後、必ず御挨拶に伺うそうな。親孝行が美徳である国らしいと思うが、毎日会ってお互いの連絡が密であるのは、悪い事ではないと思う。


 どうも呼びかける声に、非友好的と言うか不穏な雰囲気を感じる。ついさっき、ごく小さな声で「袋づめにして、空井戸に落とす」と言う声が聞こえた。聞き間違いではないと思う。チート的に凄い聴力のおかげだ。ええ? 袋詰め? とんでもない話だ。

 返事をしないで、こっそり、裏から、屋根の上に登る。

 

 屋根から観察していると、大相撲の何とか場所みたいな体型の下級女官が四人……女官なんだろうと思うけれど、その重量級の女官の服を着た人間を指揮する役目らしい性格の悪そうな尚宮、正五品の位持ちの女官だが、その尚宮が、私の部屋から返事が無いので慌てふためいている。声の感じがいけ好かないので、性格が悪そうだと思ったのだが、多分あたりだ。

 誰かが血相を変えて走ってくる。あれ? 女官長と言うか提調尚宮の所の見習いじゃないだろうか?


「すでに懐妊なさっているそうです」

「そうか。そこまでの危ない橋は渡れないな。さ、引けっ」

 四人の大女と尚宮、見習い、皆血相を変えて走って逃げる。


 頭に来たので、性悪そうな尚宮をかすめるように、石つぶてを投げる。髪飾りを狙ったのだ。うまい具合にひらひらした金製の花の形の部品が一個だけ落ちたようだった。


「はあ、やれやれ」


 一息ついたところで、高先生と判内侍府事が走って来るのが見えた。判内侍府事といつも一緒の護衛の内侍、その他内侍三名という感じか?


「間に合わなかったか? スルギ、スルギ、無事か?」

 先生の声には本気で心配している様子がありありと溢れている。胸の底がじーんと熱くなった。

「先生、ここです。屋根の上です」

「な、なんとまあ、お転婆なことだ。そこから降りられるのか?」 

「はい。みっともないので向こうを向いていてくださいますか?」

「ウハハハ、まるで猿の子供のような身軽さですな。ですが、無理はいけませんぞ。まずそこにお坐りなさい。脈を取りましょう」

 すぐに腰かけて、脈を取っていただいた。いまの体調について幾つか聞かれた後、先生は納得された顔つきになられた。

「お腹のお子もお元気ですな」

「それにしてもさっきの、尚宮と大柄の四人の女官、それに提調尚宮の所の見習い、袋詰めだの空井戸だの、何だったんでしょう?」

「提調尚宮の見習いだったのは、確かですか?」


 脇で話を聞いていた判内侍府事は怒りを抑えたような声で尋ねた。


「ええ。幾度か顔を見ていますから……名前はシビと言いましたか……」

 見聞きした事をそのまま伝え、判内侍府事の足もとに落ちていた髪飾りから取れた金製の小さな飾りを見せた。

「これは、私に頂けますか? 不届きものを必ず始末しますので」

「し、始末するって、命を取るのですか? 」

「少なくとも生きて宮中に立ち入る事の無いように致します」

「真犯人、と言うかあの尚宮に命令した人間を突き止めたら、まずいのでしょうか?」

「どうか、そのあたりは私にお任せ下さい」


 どうも、だめみたいだ。先生は……どうお考えなのだろう?


「あなたが更に危ないことに巻き込まれたら大変です。どうか判内侍府事にお任せを」

 先生のその言葉で、私は折れた。誰か、死ぬのかもしれない。でも、もう、追求するのはやめておく。



 促されるままに、私は判内侍府事と先生に連れられて、大妃様のお住まいに向かった。


「こちらへ」


 大妃様付きの筆頭の女官であると自己紹介した呉尚宮オサングンという老女に付いて行き、位の高い内命婦の装束を着せられた。いきなり女官が四人ばかり取りついて着替えから化粧まで色々やるので驚いてしまったが、さっきとは違って命の危険は感じない。


「まああ、立派な玉牌でございますねえ」

「王様から賜りました」


 なんか、そういう言い方は自分としては馴染まないが、TPOからするとこう言っておくべきかなと思う。女官たちは「まあ」「素敵ですね」とか華やいだ声を上げた。贔屓の芸能人のゴシップを聞いたオバサンのノリかなとも思う。宮中の五体満足な男性は、王様だけから、当然の反応なのかもしれない。


「金英秀様、おいでになりました」


 宮中独特の抑揚をつけて呼ばわると、部屋の扉が開いた。まずは入り口近くで本式の礼「クンジョル」をする。さらに促されて部屋の中に進み、また礼をする。


「まあ……何と……」


 言葉を失って涙を流す貴婦人が、大妃様だった。なぜ、泣いておられるのか、何やら深ーい訳が有りそうで、私の心臓はバクバク言い始めた。


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