王の女・3
「お前の名前はなんと言うの?」
「ヨンスでございます。姫様」
お転婆で木に登ったのは良いが、下りる時に頭の飾りがひっかかってしまい、途中で宙ぶらりんの状態になって身動きが取れず、べそをかいていた五、六歳のお姫様を助けた。すると私の名前を尋ねられた。全くの嘘を言うのも気が引けたのでヨンスと答えたわけだが、ヨンが男名前に多い響きの漢字を連想させる言い方にした。もともとの名前の発音の最後にGの音がくっつく感じだ。これだと聞くほうは「勇秀」と言う男っぽい漢字を思い浮かべるだろう。
「ヨンスはここで何をしていたの?」
「薬草を集めておりました。高尚薬様は私の御師匠様ですので、必要だと伺った物を集めております」
ひとしきり効能を説明しながら、一緒に薬草を抜いた。
「ヘエエ、面白いものなのね」
「はい。姫様のおかげで皮膚病に効く薬草が十分に集まりました。後はこれを日に干さねばなりません」
知的好奇心の強い、賢い姫様なのだと思う。御生母の張昭容様は良いお人柄とは思わないが、こんなに可愛い方をお生みになったとなると、ちょっと見直す。
「ねえ、お前について行っても良い?」
「私は構いませんが、御乳母様に一度伺ってからに致しましょう。御乳母様がお叱りを受けたらお気の毒ですし」
「そうね。本当にそうだわ。母上はすぐ、人をお打ちになるから……皆がかわいそうなの」
母親が反面教師と言うことなら、立派にお育ちになるだろう。私達は人目の無い所では手をつなぎ、話をしながらのんきに昭容様のお住まいに向かったのだったが……
なんとまあ、姫様の心配どおりだ。乳母はビンタを食らっていた。それも、往復で……
「一体、お前はどこに目を付けているのだ!」
凄い金切り声だ。
「母上、戻りました。私が悪いのです。どうか乳母やをお許しください」
「姫!そなた泥に塗れているではないか、何をなさっていたのです!!」
やばい。今度は姫様がビンタだろうか?
「奴才めの落ち度で御座います。どうか姫様をお許しください」
宦官らしく這いつくばってお詫びする。まなじりを吊り上げた顔は、もとが結構美人だけにかえって怖い。この人のヒステリックな気分の元凶は何を隠そう、この私自身なわけで……代わりにビンタぐらい食らうか、と言う気分になった。連日、私が正邦様を独り占めしている格好だから、こうなるのだ。
「無位の内侍見習い風情が、差し出がましい口を利きおって!」
確かに、私はそう言う服を着て、でかい薬草を入れた籠を抱えているのだ。正三品昭容は王に仕える内命婦としては中程度なのだろうが、無位の庶民からすれば随分お偉い方だ。身分に強いこだわりの有る人なら、そのように思うのも無理は無い。それがこの身分差別の激しい社会の常識だから。
ギシッ……
ふと、その時、おかしなきしむ様な音がして何かが動いた。私は思わず昭容様を強く掴んで、抱きこんだ。
「御無礼致します」
「な、何をする!」
ガッチャーン!
なんと、屋根の瓦が緩んで落ちたのだ。この国の建物は平屋が普通だが、それでもかなりの高さからだから、お顔に命中していれば大変な怪我になっていただろう。
「ヨンス! ありがとう! ありがとう」
姫様は本当に良い子だ。私の衣装に纏わりつく様にして、飛び跳ねている。
ふと気がつくと、慌てたような足音が止まった。あれま、正邦様だ。
「だ、大丈夫か」
正邦様は、何と私の手を取ってしまった。昭容様も姫様も目を丸くしている。ま、まずい……