王の女・1
「宮中の女は全て、王の女」
これはこの国の大原則のようなものだ。例外は王の親族である母、祖母、姉妹、娘だけ。身分、年齢の如何を問わず、水汲みの下女から中宮まで全員が王の女で、王が誰に「承恩」を与えるか、一切は王に任されている。有力者達は様々な女を送り込み、王の私生活に影響を及ぼそうと務めるが、それを受け入れるも拒むも王の裁量の範囲だ。
「各派閥勢力の均衡を図って、側室を受け入れ、中宮を据えた。男としての恋愛感情からは程遠い」
それはそうなのだろうが、宮中で愛らしい姫君たちを見ると、正邦様が姫君の母上たちをどう抱いたのか、本当はどう思っているのか、気にするなと言う方が難しい。少なくとも姫君方を見つめる正邦様の視線は、慈愛に満ちている。少なくとも私にはそう見える。
夏に宮中に入って以来、私は連日「承恩」を賜っている。それを他の側室や中宮様の周囲はいぶかしく思っているわけだが……秘密を保つのは大変だ。一度来た月の物の間だけ、他の方達の所にお泊りになったらしいが、それ以外の夜は、大半私と過ごしているのだ。
「酒を飲んでも、話をしても、お前と居るのが一番心地良い。王ではない私になれるのは、お前の前だけだから」
恐らく、混じりけの無い本音なのだと思う。
季節はいつの間にか冬を迎えていた。相変わらず私は男装で昼間過ごし、夜は絵の道具に紛らわせた化粧道具で、ほんの少し紅を差して隠し戸棚にしまった女の服に着替え、正邦様を迎える毎日だった。来て下さるのは王の常御殿で夕食を済ませてからだ。そうしないと「他所の方のところにお泊り」と言うことに自動的になってしまうからだ。
ヤンホ兄さんには手紙を書いて、店の経営を引き継いで貰う依頼をした。聞く所によると、私の身の上をひどく心配してくれていたようだが……「はっきりとはいえないけれど、都の中の或る場所」と言う書き方で、私が王宮内に居ると悟ったらしい。
「風向きが変わって、今居る場所に居れなくなるような事があれば、いつでも戻って来い」
そんな感じの返事をくれたが、手紙を書くのが嫌いで苦手な人が、頑張ってくれたようだ。字は確かに、お世辞にも上手いとは言えないが、読むととても嬉しく、懐かしい気持ちになった。
手紙を出す時も、戻ってきた返事も、全部正邦様にお見せした。見せてくれとは仰らなかったが、「実は気になっていた」のだそうな。
「本当はこの男と所帯を持てば、お前も幸せだったのだろうな」
「一度も兄さんとはそのような話をした事はありません。本当に、兄のような感じでしたし」
「スルギが兄妹のつもりでも、あちらは違うだろう。私は一度睨まれた事が有るからな。そして『スルギを戯れにどうこうしようなどと、お考えじゃありますまいね』とも言われた」
「そのとき、何とお答えになりました?」
「大切な友だと思っている。決して傷つけるつもりは無いと……答えたあの時は、真実そう思っていたのだったが……結果を見れば、嘘をついた事になるな」
正邦様は御自分が私を宮中に連れて来たのに「自分の気持ちにふさわしい待遇を出来ない」事をひどく嘆いておられる。私には、そのお気持ちだけで十分なのに。実際の所、信頼できる人間をまだ探し出せない状況で、自分の部屋に使用人を付けにくいし、他の方々に知られてしまうと、どのような形で圧力や嫌がらせが及んでくるか、わからないと私は思っていた。
「宮中では幼いお子が、余りにもしばしば命を落とされるのですから、よほど用心しませんと」
「ああ。それはその通りだ。お前、先月と先々月の月の物は無かったのではないか? 急ぎ信頼できる部屋付きの者を探し出さねばいけないな……」
そろそろ診察も受けるべきだろうか?