秘密の多い女・2
言論統制も身分差別も、とりあえずは無いも同然な国で前世を過ごしたせいで、この国の万事窮屈な身分制度と男女差別の凄まじさに、頭が沸騰しそうになる事が、正直言って私には辛かった。まずい粥を連日食べるより、数日食事抜きより堪える。精神的なダメージが大きい。
どう考えてもこっちが正しいのに相手の身分で文句一つ言えない、時には逆に罰せられる、そんな事はこの世界では日常茶飯事だが、腹に据えかねる。なのに、普通に暮らしているだけでは、鬱憤の晴らしようが無い。弱い者いじめをしてしのぐ者が多いようだが、そんな事は絶対にしたくない。だから、別の方法を取っている。
最初は毒気の強いギャグで役人や士大夫階級をおちょくる四コママンガのようなものを書いて、壁新聞のように都の数箇所に張ったりしたのだが、そのうち長い話が書きたくなった。と言うより、この世界に知られていない面白い話や、息苦しい日常をしばし忘れさせる話、皆が共感できる話を紹介したくなった。
私にそんな才能は無いので、無断で古今東西の名作をアレンジして、と言えば聞こえは良いが、体の良いパクリで、色々な話を書き綴り、地下出版の形で世の中に送り出した。私はあくまで覆面作家と言うわけだ。もうけは度外視。危険は一杯、なのに熱い読者の反応を見聞きすると、やめられなくなってくる。
まずはこの世界にまだ存在しなかった身分違いの恋が報われる『春香伝』、これは、あちらでの作品をまねて、語り物もついでに作った。文字の読めない人々にも大人気で「あっ」と言う間に話は国中に広まったようだ。
身分差別シリーズでトルストイの『復活』を自分勝手にアレンジした『奴婢と若君』も受けた。写本の形で士大夫階級にも読者が結構増えたみたいだ。
トーマス・ハーディーの『テス』を翻案した『大寿』、これでテスと読む。私の予想を上回って、大いに話題になった作品だ。二人のタイプの違う男に翻弄される身分卑しい美しい女の一生の物語なわけだが……男二人は、娘を犯し妊娠させる豊かな士大夫の男と善意の人物である学者で、それぞれ違った魅力の有る美形と言う設定にした。
身分差別と無垢な貧しい娘が、二人の男に愛されているのにボロボロにされて行く様子を克明に描いて、女性からは大いに共感を得た。宮中の女官たちも夢中だったとかで、受けすぎたのだろう。士大夫階級を舐めているとか、猛烈な非難も有って、捜査も入り、ちょっと私の身が危くなった。特に善意の人物である学者の察しの悪さ、鈍さに相当な力点を置いて描いたのが、まずかったらしい。ヒロインの飲んだくれの親父が、士大夫の側女腹の息子で自尊心ばかりが強く、それでいて卑屈と言う設定にしたのも、支配者階級には許しがたい挑戦だったようだ。
恋愛物はこの三作で、しばらく、停止した。
今度は「見た目は子供、頭脳は大人」の御大身の坊ちゃんを設定して、某アニメの手法で、難解な事件を次々解決するという推理物シリーズを発表した。ネタはドイル有り、アガサ・クリスティー有り、エラリー・クイーン有り、色々だ。トリックも謎解きも、古今の名作のパクリだ。が、このおかげで男性の読者が更に増えた。あの梅里様までが読者だったので、私が実は作者なのだと打ち明けると、大いに感心してくれたが「身元が悟られる事の無いようにくれぐれも用心するように」と言う忠告もくれた。
「捕盗庁が人気の職場になったのは良いとして……後ろ暗い所の有る権力者達が警戒しているはずだ」
そんな事も話してくれた。このシリーズが引き金になって、あの昨年の王子様の不審な死は、やはり毒殺だったのではないかと言う声が高まっているらしい。あるいは宮中で見つかった不審な死者達の事を、もっと調べろとか、色々な声が上がるようになったそうだ。
「しばらく休筆した方が良い」と梅里様に言われ、ヤンホ兄さんにも「ちょっとやばいぞ」と言われた矢先、大変な事が持ち上がった。
年内更新、まだ数話ぐらいは行けるかな……頑張ります