表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/88

秘密の多い女・1

細腕繁盛記な話、です。冒頭の一部、書き直しました。

 思いがけず特赦が下され、あの方が仰るように母上と私も晴れて『免賤』された。用意していた金は全く使わずに済んだ。梅里様がこの国の権力中枢に居る方なのは、確かなようだ。だが、この国の宮廷では「梅花」と言えば排泄物の隠語だ。だから、身分ある人の号に梅の字を用いるのは少々可笑しい。官婢や妓生なら梅がつく名前も、さほど珍しくないが……

 それにしても梅里と言う号は水戸黄門を連想させる。あの、ビートルズの件も有る。単に「梅が好き」という以外の匂いを、私は勝手に感じ取っているのだが、見当違いだろうか?


 母上は寺で正式に尼さんになる道を選んだ。


「そんなめまぐるしい毎日は、私には無理かもしれない。それに何かうかつな事を言って、お前に迷惑をかけてもイヤだわ」


 確かに、士大夫の箱入り娘で結婚して家庭に入ってしまったので、社会的な経験がまるで無い母上には、商売で忙しい状況は落ち着かなくてイヤなのだろう。


「寺で得度する折の費用以外は、お前が商売のもとでになさい」と言って、父の遺産の大半を私にくれた。その代わり、私は毎月、寺で母上が困らない程度の送金を続けている


 貰った遺産を元手に、私は確実に儲かる食べ物屋を始めた。

 こう言う時、ヤンホ兄さんのようなやり手の顔役と付き合いがあるのは、何かと助かる。日本の江戸時代の中期から登場するらしい蕎麦屋のような店構えにした。椅子とテーブルの席で、床は石を張って、入り口にはこの国では珍しい小さな植え込みを作り、土埃よけにした。

 出す物はこの国では高価な米を使わないですむ物が良いと考えて、チヂミとスープ類を主に出した。

 料金は食券システムで前払い、テーブルに番号を振る、全てのメニューの価格を明示し、看板にも記すという、この国では前代未聞の事をやった。他に真っ白いエプロンと三角巾を身に着けたウェイトレスの登場、オープンキッチン、カウンターなどなど、二十一世紀なら新しくもなんとも無いが、この世界のこの国では恐らくどれも初めてで、皆は大いに驚いてくれた。


「あそこなら汚くなくて、街中でも安心して食事が出来る」

「気の利いた美味い物が、気楽に食べられる」


 そう言う評判を富裕な客からも勝ち取って、連日大繁盛だった。一度、調理場の人間に売上金を持ち逃げされた事も有ったが、概ね上手くいった。持ち逃げした人間も、病気の親のための薬代欲しさであった事がわかり、寛容に許し、無利子で毎月の給与から一定額分割で返却するという方法を取った。すると、余計に人材が集まってきた。

「あそこは人を鞭でぶたない」、「主人が親身になってくれる」と言う評判が立ったらしい。

「皆でお金を積み立てて、病気や怪我で休んだ時、家族の病気や冠婚葬祭で急な出費が有る時に備える」と言う互助会のような組織を、私のやっている食堂とポジャギ屋の使用人全員一緒に作った。するとそのアイデアに、ヤンホ兄さんが乗り、やがて市場の大半の店が加入するこの国初の商店会と言うような組織が出来た。


 暇があれば、可能な限り、文字の読み書きや計算・帳簿付けを使用人たちに教えた。


「ちゃんとおまんまがいただけて、清潔な服を着て、ちゃんとした布団で寝て、その上読み書きや勘定まで教えて頂けるなんて、ここだけでさ」


 私にそんな事を言った板場で働く男性は、もとは将来に希望が持てず、毎日どぶろくを煽ってばくち場に入り浸っていた。それが今では朝早くから掃除に励み、調理の工夫も熱心に行う。同じ職場の女の子と将来は所帯を持つ約束が出来て、今は希望を持って真面目に働いているのだ。


 結婚や暖簾分けも援助する予定で、皆にもそう伝えてある。既にポジャギ屋は、生まれ故郷での商売を希望した熟練した作り手さんに支店を開かせて、任せた。


 最近は仕出し屋のようなことも、小規模にだが始めた。近所の妓楼の宴会料理を頼まれてためしに私が作ったら「大評判」だったそうな。まあ、二十一世紀のファミレスのメニュー程度の代物から、アレンジできそうな物を出してみただけだ。乳製品は恐ろしく高いので使えないが、豆乳でホワイトソースもどきを作り、そこからグラタンのような物や、シチューのような物もできた。砂糖は高価なので使えなかったが、蜂蜜で甘みを付けたプリンや、目先の変わったケーキのような物を作ると、これまた、大いに喜ばれた。


 まあ、そうした企業家としての活動も楽しかったが、一番楽しいのはもっと別の事だった。だが、それには少々危険も伴うのだったが……





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ