宇宙侍の噂
風の音が止まなかった。
舟が揺れるたびに、ルミの端末が微かに光った。情報が来ている。ルミはその全部を黙って読んでいた。
「何が書いてある」と銀河丸は聞いた。
「あなたの名前がヤミ軍の間で話題になっています。三回の勝利は記録として残っている。ジゴクが直々に幹部を送り込む、という噂が——」
「幹部、か」
「あなたとは比べ物になりません」
「どのくらい」
「競技者として銀河で五指に入ると言われている人物です。ヤミ兵を束ねる立場の、本物の強者です」
窓の外を見た。
宇宙は黒い。星がある。それだけだ。江戸の夜と似ている部分があると思っていたが、深く見れば全然違う。果てがない。どこまでも続いている。
「次の星は?」
「カザ星。岩山が連なる乾燥した星です。常に強風が吹いている。住民は岩のような肌を持っていて、聴覚が発達している」
「岩みたいな人たちか」
「実際に岩みたいな見た目です。あと、今回は村ではなく街全体が支配されかけています。規模が大きい」
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カザ星は乾いていた。
降り立った瞬間に、肌が引き締まった。水気がない空気だった。岩山が重なり合って、空を分断している。風が岩と岩の間を縫って鳴り声を上げていた。
街に入ると、住民たちが銀河丸を見た。
岩のような茶色い肌。目は小さく、耳が大きい。表情は読みにくいが、銀河丸への視線に何かが混じっている。
「小さい」という言葉が聞こえた気がした。
「こんな小さな奴に何ができる」という言葉も聞こえた。
ルミが横にいた。「無視しなさい」
「無視してる」
「してないですよ。眉間に皺が寄ってます」
「……これは元からだ」
「そうですか」
街の中心にある建物に通された。壁が分厚く、風の音を遮っている。しかし隙間からは常に低い唸りが聞こえた。この星で風が止まることはないのかもしれない、と思った。
指導者格の老人が話した後、若い男が前に出た。
二十代の前半に見えた。大柄で、肩幅が広い。岩みたいな肌だが、動きに無駄がない。ガンドという名前だと、老人が言った。
「お前に俺たちの代表を任せるかどうか確かめる。一対一で来い」
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勝負は短かった。
外に出て、二人が向き合った。宇宙律の競技ではない。非公式の、体の勝負だった。
ガンドが来た。
重かった。体重が全然違う。速さで対抗しようとしたが、押し込まれた時の力が格が違う。膝が折れた。砂の上に片膝をついた。
立った。
また来た。また吹き飛ばされた。
立った。
何度目かで、ガンドが止まった。
「……なぜ立ち上がる」
問いかける声には、怒りがなかった。純粋に不思議そうだった。
「人の役に立てるなら、何度倒れても立つだけです」
ガンドが黙った。
長い沈黙だった。
風が鳴り続けた。
ガンドが背を向けた。「……ゲームを始めよう」
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今回の競技は的撃ちだった。
上空から的が降ってくる。ヤミ軍の装置が高所から的を次々と射出し、それが風に流されながら落下してくる前に打ち落とす。より多くの的を仕留めた者が勝ち。
ヤミ兵が先に立った。的が空から落ちてくる。風向きの変化をデータとして処理し、軌道を計算して補正する。外れない。一つ一つ確実に、的の中心を射抜いていく。機械的な精度だった。
銀河丸の最初の矢は、大きく外れた。
的は風に流される。どこへ落ちるか読めない。江戸の道場で弓の基礎は学んだが、この星の風はまるで違う。一定の方向から吹かない。岩山の間を反射して、複数の方向から同時にやってくる。
ガンドが隣に来た。
「聞け。この星の風には流れがある。岩山の形で決まる。東の岩山の隙間から来る流れと、南の崖から回り込む流れ。この二つが交差した時が——最も静かな瞬間だ」
「静かな瞬間があるのか」
「ほんの一瞬だ。でも確実にある。その瞬間に放てば、的は風に流されない。真上から素直に落ちてくる。そこを狙え」
銀河丸は目を閉じた。音だけを聞いた。
空から的が来る。待つ。
風の音が変わった。
東の流れと南の流れが、ぶつかり合う音がした。その後——本当に一瞬だけ、静寂に近い何かが来た。的が真上からまっすぐに落ちてくる。
射た。
矢が飛んだ。
的の中心に当たった。
ガンドが短く息を呑む音がした。
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競技が終わった。
銀河丸の勝利だった。
ヤミ兵が撤退しながら言った。「ヤミ兵D-077、強風下での変則射撃対応データが不足しています。想定外の静寂時間帯を使用した記録を追加します」
それが遠ざかっていった。
ガンドが銀河丸の前に立った。
「……礼を言う」
低い声だった。
銀河丸は頷いた。それだけでよかった。
ルミが端末を見ながら近づいてきた。
「お疲れ様です。でも——」
空を指さした。
遠くの空に、黒い影があった。
星ほどの大きさではない。でも船の形をしている。黒く、大きく、あらゆる光を飲み込むように見えた。
「ヤミ軍の幹部船。来た」
ルミの声は静かだった。静かだったが、その静けさの中に緊張があった。
銀河丸は空を見上げた。
船はゆっくりと、しかし確実に近づいてきていた。
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