宇宙侍、爆誕
走れ、という声が上がった。
広場の端から端まで、石が並んでいた。不規則な高さで、不均等な間隔で置かれた石が十数個、一直線のコースを形作っている。スタートからゴールまで走り抜け、石をひとつも踏まず越えた者が勝ち——村人がそう伝えた。
メットが言葉の断片を拾う。「走り始めたら——止まれない」
ヤミ兵の一体が前に出た。走り始めた。
速度が一定だった。最初の石。データを処理するように跳ぶ。二つ目。三つ目。間隔が広くなる場所、狭くなる場所、それぞれで跳躍のタイミングを精確に変えた。一度も石に触れない。一度もリズムが乱れない。
機械的な完璧さだった。
村人たちがため息をついた。
ヤミ兵が戻ってくる。赤い一つ目が銀河丸を見た。「貴様が挑戦者か」という意味のことを言った気がした。
嘲笑のような声が他のヤミ兵から漏れた。
銀河丸は何も言わなかった。
スタートラインに立ち、コースを見た。
石の間隔がまちまちだ。近い石、遠い石、高い石、低い石。走り始めたら止まれない。ならば、走る前に読む。どこで跳ぶか。どのタイミングで踏み切るか。
江戸の道場で、師範がひとつだけ認めてくれたことがあった。「銀河丸、貴様には間を読む目がある」。それだけだった。それだけで十分だった。
息を吸う。
走った。
最初の石が迫る。早い。でも見えていた。踏み切りの地点が、走る前から分かっていた。
跳んだ。
この星は軽い。体が浮く。飛びすぎないよう重心を絞って降りる。次の石、間隔が広い——飛距離ではなくタイミングで合わせる。手前で跳んで、ゆっくり降りる。
石が来る。来る。来る。
跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。
気がつけば最後の一つだった。ぐ、と地面が受け止めた。砂が跳ねた。
静寂。
それから、村人が叫んだ。
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「異議あり」
機械的な声が響いた。
ヤミ兵の指揮官が前に出た。「この者の跳躍は規定に反する。宇宙律第三十一条——競技者は事前に登録された——」
「待ってください」
声が割り込んだ。
銀河丸は振り向いた。
そこに、小さな子供が立っていた——いや、子供のように見えるが、様子が違う。淡い青色の肌。星形に光る瞳。額に小さな角が二本。白い短髪。手に銀色のコンパスのような道具を持ち、それを開きながら歩いてくる。
銀河丸と同じくらい落ち着いた顔をしていた。
「宇宙律第三十一条は、宇宙律認定の公式競技に適用されます。今回のゲームは挑戦側の指定ではなく、ホシノ村側が場所と種目を指定したケースです。宇宙律第十八条三項により、場所指定権が挑戦される側にある場合——事前登録の要件は免除されます」
ヤミ兵の指揮官が沈黙した。
「異議があれば、ガーディアン機構に申し立てをどうぞ。あいにく最寄りの機構まで、この辺境からは三十光年ほどありますが」
ヤミ兵が短く何かを言った。
「では、今回のゲームの結果を認めます——競技者・銀河丸の勝利。ホシノ村の資源収奪要求は却下されます」
村人から大きな歓声が上がった。
ヤミ兵が一言だけ残して、整列したまま後退し始めた。赤い一つ目が消えるまで、銀河丸はそれを見届けた。
「ヤミ兵C-109、記録を更新します。想定外の競技者が出現した場合のデータが不足しています。次回戦に向け訓練データを再構築します」
その声が遠ざかっていった。
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「あなた、何者?」
例の子供が銀河丸の前に立っていた。
「銀河丸。江戸の……武士だ」
「江戸って何? 地球の出身? ここが宇宙だって知ってる?」
「……宇宙?」
銀河丸は少し間を置いた。
「ここは宇宙なのか」
「当たり前じゃないですか。あなた、今まで何だと思ってたんですか」
「……異国かと思ってた」
「だいぶ遠い異国ですね」
村長が近づいてきた。銀河丸の両手を取って、何度も頭を下げた。言葉は分からないが、感謝の意味だということは分かった。
「あなたのような宇宙の侍なら、他の星も救えるはずだ」と村長は言った。
隣に立っていたその子が、銀河丸を見上げた。
「私もついていく。利用させてもらう」
「利用?」
「私にはジゴクへの用事がある。あなたはそのための道具になってもらう。ついでに各星の村を救えるなら、悪い取引じゃない」
打算まる出しの顔だった。
でも、その目の奥に何か別のものがある気がした。銀河丸は読もうとしたが、その子はすぐに視線を外した。
「ルミ。名前はルミ。よろしく、宇宙を何も知らないお侍さん」
「……銀河丸だ」
「知ってる」
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残った一体のヤミ兵が離脱しようとした瞬間、銀河丸の前に立ち止まった。
「貴様、何者だ」
機械的な声だった。
銀河丸は村人たちの歓声の中、そのヤミ兵を見た。
少し間があった。
「宇宙侍……銀河丸だ」
「ダサいネーミングセンスですね」とルミが言った。
「うるさい」
「ダサいと言っただけで怒るとは思わなかった」
「うるさいと言った」
ヤミ兵は何かを処理するような間を置いてから「了解しました。報告事項として記録します」と言い、静かに去っていった。
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日が傾いた頃、村人たちが銀河丸を囲んだ。
誰かが銀河丸の手を取った。次々と手が重なった。大人も子供も。みんなが何かを言っている。メットが全部は訳してくれないが、嬉しいとか、ありがとうとか、そういう言葉だと分かった。
銀河丸は何も言わなかった。
ただ、夜空を見上げた。
星が多い。どれが何という名前なのか、全く知らない。でも星があるという事実は江戸と同じだった。
ひとりになった頃、銀河丸は低く声にした。
「江戸では、誰かに頼られたことなんてなかったな」
小さく笑った。
その笑い方は、道場で一人帰る時の顔とは違った。
ルミが少し離れたところから見ていたが、銀河丸はそれには気づかなかった。
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