嵐の星・アラシ星
降りた瞬間、吹き飛ばされそうになった。
「うおっ」
風だ。ただの風じゃない。体ごと持っていかれる。銀河丸は咄嗟に地面に手をついた。砂が顔に叩きつける。目が開けられない。
「これが——」
「アラシ星です!」ルミが叫ぶ。声が風に削られる。「常に嵐! 常時! 晴れの日はない!」
「なんで住んでんだ、こんなとこ」
「聞かないでください!」
顔を上げると、人影があった。大きい。三人。筋骨隆々——という言葉でも足りないくらい大きな体躯。皮膚が岩みたいに厚い。灰色がかった肌。目が細く、耳が顔に張り付くように平らだ。風から守るための造りになっている。
メットが言葉の断片を拾う。
「……来た、か。宇宙侍」
一番大きな男が言った。
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集落は岩の陰にあった。巨大な岩がいくつも重なって、その隙間に家がある。風が正面から来ない構造になっている。それでも揺れる。木のきしむ音がどこからも聞こえる。
「ヤミ軍が来た」
長老と呼ばれる老人が言った。この星で一番古い顔をした岩のような男だ。「風の神殿を狙っている」
「風の神殿?」
「この星のエネルギーの根っこだ。あそこを奪われたら、俺たちは生きていけない」
ルミが小声で銀河丸に言う。「アラシ星の嵐はただの天気じゃない。神殿が嵐を制御している。なくなったら——嵐は完全に制御不能になる。星ごと壊れる」
「ゲームで解決できるか」と銀河丸。
長老が頷く。「宇宙律に則って申し込みは済んでいる。ヤミ軍が受けた。明日、嵐の中での旗取り競争だ」
「旗取り」
「嵐の中に旗を立てる。先に取った方が勝ち。シンプルなゲームだ。だが——」
外で風が唸った。壁が震える。
「——ここの嵐は、生半可なもんじゃない」
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夜。銀河丸は一人で外に出た。
嵐はまだ続いている。夜も昼も関係なく吹き続ける。目を細めて、風を読もうとした。
どこから来てるのか。どこへ向かっているのか。
江戸の道場での記憶が浮かぶ。雨の日の稽古。師範が言った。「自然は敵じゃない。読め。読んで、合わせろ。逆らうな」
風の中に立っていると、分かることがある。
強くなる。弱くなる。また強くなる。
リズムがある。
読めないように見えて、必ずリズムがある。生き物みたいだ。息をしている。
「……間がある」
銀河丸はつぶやいた。
嵐が一瞬、弱くなる。その刹那がある。ほんの一秒か二秒。風がためらうような間。そこだ。
師範の声が聞こえた気がした。もう何年も前の声。
「——貴様には間を読む目がある」
道場で師範にただ一度だけ言われた言葉。誉め言葉なのかどうかも分からなかった。でも今は分かる。あれは、確かに誉め言葉だった。
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翌朝——朝かどうかも分からないが——競技が始まった。
ヤミ兵は四体。黒い甲冑。赤い一つ目。体が重そうだが、それがアラシ星では有利なのかもしれない。風に吹き飛ばされない。計算された動き。嵐の抵抗を数値で弾いて、効率的なルートを刻んでいく。
旗は嵐の中央に立てられていた。遠い。
ヤミ兵が動き出した。重さを使って、風に抗いながら前進する。遅いが確実だ。
銀河丸は動かなかった。
「なんで止まってるんですか」ルミが叫ぶ。
「読んでる」
「読んでる間に先に取られますよ!」
「大丈夫だ」
嵐を見る。風の流れを感じる。体に当たる圧を数える——数えるというより、感じる。
来る。もうすぐ。
嵐が一瞬、息を吸う。
今だ。
走った。
ヤミ兵の横を通り抜ける。一体目、風の向きを変えながら。二体目、腰を落として角度を変える。三体目が手を伸ばす——もう通り過ぎている。
風が弱まった一秒の間に、五歩進んだ。
また嵐が戻ってくる。体が吹き飛びそうになる。しゃがんで風をやり過ごす。また読む。また間が来る。
跳んだ。
旗を掴んだ。
嵐が戻ってきた。体ごと吹き飛ばされる。だが旗は離さない。
風に乗った。流された方向が——ちょうど戻る方角だ。
嵐に乗って帰ってくる。着地。地面が硬い。膝が笑う。それでも旗は手の中にある。
静寂、ではない。嵐は続いている。でも銀河丸の中に静けさがあった。
アラシ星の住人が叫んだ。
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夜の集落。風は相変わらず唸っている。
長老が大きな皿を持ってきた。
「うちの星の飯だ。食え」
丸い。大きな豆を丸く潰して、固めてある。海苔はない。茶色い。でも——形が。
銀河丸の目が少し光った。
「これ、おにぎりに似てるな」
「オニギリ?」
「俺の故郷の食べ物だ。こういう形をしてる。丸くて握ってある」
「そうか。食え」
銀河丸は手に取った。大きい。両手でやっと持てる。かじった。
……豆だった。
大豆よりもずっと濃い、重い豆の味。塩気はある。しかし米ではない。圧倒的に米ではない。
ルミが横から見ている。「どう?」
「……豆だ」
「おにぎりに近かった?」
「形だけ」
複雑な顔で、それでも全部食った。腹が減っては戦はできぬ。豆でも食えば力が出る。
長老が笑った。笑うと岩が崩れるみたいな顔になった。
「また来い、宇宙侍。嵐の中でも、お前は面白い動き方をする」
「ありがとうございます」
「風に逆らわなかった。流されることを恐れなかった。うちの民でも、なかなかできないことだ」
銀河丸は頭を下げた。
嵐は夜も続く。でも今夜は、なんとなく穏やかに聞こえた。
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