宇宙侍の答え - 第一部完 -
影が降りてきた。
船から。暗闇から。影そのものが形を持ったような存在が、ユキ星の白い氷原に立った。
三メートルを超える体躯だった。ただし全体像は見えない。常に影の中にある。光が近づいても飲み込まれる。顔は暗闇で覆われていて、声だけが届く。
「小さな侍だ」
重く深い声だった。空気が震えた。
「噂ほどのことはない——と思ったが。生きている目をしている」
銀河丸はジゴクを見上げた。
「ジゴクか」
「そうだ」
「用があって来たんだろう。話せ」
---
ジゴクは戦いを求めなかった。
まず話した。
「お前はなぜ、関係のない星々を救う」
「関係ないかどうかは俺が決める。困ってる人が目の前にいたら行く。それだけだ」
「力のない者が、力で支配される。それが宇宙の真理だ。お前はその真理に抗うというのか」
銀河丸はひと呼吸おいた。
「真理とか、よく知らないです」
「知らない?」
「でも俺は江戸でも弱かった。剣術が下手で、体が小さくて、俸禄も少なかった。それでもここでは役に立てた。だから——弱いから諦める、なんて嘘だと思う」
ジゴクが黙った。
長い間があった。
「……面白い論理だ」
「論理とかじゃないです。そういう気がするというだけです」
「嘘だと思う、ということは——それが真実ではないと信じていない、ということか」
「そうです」
また間があった。
「ならばゲームで決めよう」とジゴクが言った。「宇宙律の規定に従い、競技によって決する」
---
ジゴクが発動した競技は、総合競技だった。
四つの種目が順番に切り替わる。石の並んだコースを走り抜けジャンプで越える。水中に並んだ結晶を球で砕く。上空から落下してくる的を射抜く。光の信号に瞬時に反応して体を動かす。その全てが一つの競技として続く。
銀河丸が今まで経験してきた全ての競技の複合だった。
ルミが端末を確認して言った。「四つ全部入っています。ホシノ星の障害走。ミズホ星の水晶砕き。カザ星の落下的撃ち。ユキ星の反射競技。あなたがこれまで戦ってきた星の競技が全て」
銀河丸は頷いた。
端末が音を受信した。ルミが画面を見て、目が大きくなった。
「来ています。各星から——」
声が届いた。
「俺たちの分も戦え」とホシノ星の村長が言った。
「絶対に勝て」とガンドが言った。
「宇宙侍!」とミズホ星の子供たちが叫んだ。
ユキ星の住民は声を上げなかった。でも全員が、白い氷原に立って銀河丸を見ていた。その目が光っていた。
---
競技が始まった。
障害走。低重力を体が覚えていた。腰の落とし方。石と石の間を読む目。ホシノ星で初めて走ったあの感覚が体に残っていた。
水晶砕き。角度を読む。水流を読む。計算するのではなく、感じる。二つの村の声を聞きながら掴んだ、連鎖の感覚。
落下する的。静寂の瞬間を待つ。ガンドが教えてくれた、風の切れ目を感じる耳。今か、今か——今だ。
光信号への反応。感情を切らない。腰を低く。摺り足で。静かに、速く。
全部が繋がっていた。
各星での経験が、一本の糸になって銀河丸の体を動かしていた。
ジゴクの力は圧倒的だった。それぞれの種目でジゴクは規格外の力を見せた。でも銀河丸には、各星で得た「読む力」があった。
ジゴクの動きの中に、パターンがある。
力任せではない。ジゴクは計算して動いている。最適解を選んでいる。
最適解は、読める。
読んで、外す。
外した先に、答えがある。
---
最後の局面。
ジゴクの巨大な力が来た。全種目が同時に発動した。
銀河丸の体が限界だった。脚が震えていた。腕が重かった。
でも体が動いた。
全ての経験が一瞬に収まった。
そしてメットが光った。
強く、眩しく、金色に。
その光の中に——見えた。
江戸の夕暮れが見えた。長屋の屋根が見えた。大家の婆さんの顔が見えた。道場の土の匂いが、光の中にあった。
おにぎりの味がした。
「——!」
競技が、決まった。
---
静寂が落ちた。
ジゴクが動かなかった。
長い間があった。
影の中から声が来た。
「……強さとは何か。その問いに、お前は答えを持っている」
銀河丸は何も言わなかった。
「撤退する」
影が動いた。去っていく。
その最後に、影の中から一言が落ちた。
「お前のメット——それを作ったのが誰か。そのうち分かる」
影が消えた。
---
ユキ星の氷原が、光で満ちた。
北の村から人々が来た。制圧されていた村の住民が、解放されて歩いてきた。ミズホ星から来ていた者がいた。カザ星から来ていた者がいた。ホシノ星の村長が、誰かに連れられてきていた。
全員が集まった。
宴が始まった。
各星の料理が並んだ。ホシノ星の甘い白い食べ物。ミズホ星のぷるぷるした塩辛いもの。カザ星の固い乾燥食物。ユキ星の料理——氷の下から採れる植物を蒸したものだった。
銀河丸はそれを食べた。
温かかった。
じわりと、胃の底から広がった。複雑な味がした。甘いような、優しいような、それでいて何かしみじみとした。
「……おいしい」
素直にそう思った。
おにぎりとは全然違う。でも確かに、おいしい。
ルミが横にいた。「今回は正直に言えましたね」
「これはおにぎりとは比べない。これはこれでいい」
「成長しましたね」
「うるさい」
ルミが小さく笑った。
「ところで」とルミが言った。「江戸に帰る手がかり、一つ増えたよ。銀河の鍵、次は——」
---
夜が来た。
全員が食事を終えて、少しずつ散っていった。
銀河丸は氷原の端に一人で出た。
空を見上げた。
星が多い。どれが江戸から見えた星なのか、分からない。でも同じ星空だ。どこにいても、星は変わらない。
三ヶ月前、江戸で夕暮れに座っておにぎりを食べていた。一人だった。誰も、銀河丸のことを頼らなかった。
今は違う。
名前を呼んでくれる声が、銀河丸には何十もある。
「江戸に帰ったら、みんなに話せることができた」
声に出した。
風が吹いた。
白い息が流れた。
「……でも、まだここでやることがある」
メットに手を当てた。
内側の文字が浮かんでくる気がした。すべての者に、その場所あり。
小さく笑った。
宇宙侍・銀河丸、まだまだ旅の途中だ。
---
**第二部へ続く**
---




