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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

プエル・エテルヌス

作者: 裏山かぼす

 ――誰かが泣いている。


 不意に聞こえて来た少女の泣き声に、僕は目を覚ました。

 眠い目を擦って体を起こす。よくよく聞いてみると、その声の主は、よく見知った人の声だったことに気が付いた。

 左右対称に作られた部屋の反対側。そこにあるベッドに、彼女は寝ていたはずだ。だけど消灯時間が過ぎているのと、眼鏡を外しているせいで、本当にそこに彼女が居るかは分からなかった。ただ、この部屋には僕と彼女の部屋だから当然そこに居ると思って、いつも通りに声をかけた。


「ジョーカー、どうしたの?」


 すすり泣く声は一瞬止み、衣擦れの音と共に返答を返してきた。


「…ごめん、起こした?」

「気にしなくていいよ。それより、どうして泣いてたの? 僕の知らない所で、キリノ達から何かされた?」

「もしそんなことされたら、ボクなら三倍返しにするって分かってるでしょ」

「そうだけどさ」


 軽口を叩き、重苦しい雰囲気を和らげようとする。いつもおちゃらけて飄々としている彼女だったが、その返答はやはり、明らかに元気が無かった。


 自分のベッドから起き上がり、ジョーカーのベッドに向かう。物心ついた時から変わらないレイアウトの部屋だ。目を瞑ったってそこまで辿り着ける。

 ジョーカーのベッドに腰掛けると、彼女は何も言わずに僕の隣に座り直し、僕に体を預けるように寄りかかった。


「……ねえ、サイサロス」

「愛称じゃなくて正式名称で呼ぶってことは、相当真面目な話だね」

「うん。……今からボクが言う事を、信じてくれる?」

「話の内容によるかな」


 僕は素直に答える。

 するとジョーカーは、何度も僕に頭突きをして、無言の苦情を訴える。


 そうしてしばらくした後、再び静かに口を開いた。


「信じて欲しい」

「善処はするよ」

「この嘘つき」

「君に言われたくないな」


 ジョーカーの言う事は話半分に聞いた方が良い。だって、それが現実の、本当のことかは定かではないのだから。

 彼女の性格が問題なのではない。彼女の持つ、力が問題なのだ。


 ……いや、性格もちょっと問題かもしれない。ほんのちょっぴりだけ。彼女はその名の通り、道化を演じるから。僕にだけは、こうして本当の姿を見せてくれるけど。


 ジョーカーは少しの間迷っていたようだったけど、ややあって、信じられないような事を口にした。


「ボクは明日、マザーに殺される」

「そんな馬鹿な」


 僕は深く考えずに、真っ先に思った言葉を返す。


 マザーは僕達にとって、親代わりの存在だ。いつも僕らを見守ってくれて、時には厳しく、時には優しい言葉をかけてくれて、食事の用意や洗濯のような家事も全部やってくれるし、外の世界に出た後に困らないよう、勉強の面倒も見てくれる。

 そんなマザーがジョーカーを、僕達子供を殺すなんて。

 いくらジョーカーの声色が真剣だったとはいえ、にわかには信じられなかった。


「質の悪い冗談でしょ? 明日君は卒業して、ようやく外の世界に行けるっていうのに」

「……やっぱり、信じてくれないんだね」


 ジョーカーは悲しそうにそうぼやく。僕への返事というより、ただ独り言を呟いたような、そんな感じだった。


「サイが信じてくれなかったとしても……それでもボクは、知っているんだ。このドリームランドが何故作られたのかも、マザーの目的も、外の世界がどうなっているのかも……」


 不意に、ジョーカーは僕に抱きついてきた。

 すがりつくように。いつかジョーカーと一緒に見た絵本に出ていた罪人が、神様が落とした蜘蛛の糸を掴もうとしているかのように。


「ねえサイ、ボク、死にたくないよ! お願い、ボクを助けて……!」


 初めて聞いたジョーカーの声色に、正直僕は困惑した。


 多分、ジョーカーの言っていることが嘘でも本当でも、きっと彼女自身は本当のことだと心の底から信じているのだろう。

 だけど、やっぱり僕は、マザーがそんなことするとは思えない。


 だから僕は、こんな風に答えたのだ。


「いつもの発作のせいで、悪い夢を見ただけだよ。一眠りして起床時間になったら、君はマザーに殺される事もなく、平和的に、君が今まで待ち望んでいた外の世界に旅立つんだ。――だから、今日はもう寝よう」


 そんな会話を最後に、僕は別れの時まで、ジョーカーと一言も会話を交わすことはなかった。




 僕達はこの「ドリームランド」という養育施設で暮らしている。


 今からかなり昔の話。度重なる戦争のせいで荒廃した地球から逃れるため、人々が宇宙開拓を始めた時代のことだ。

 ある時、宇宙探索から帰還した一隻の宇宙船が、未知の菌類を地球に持ち込んでしまった。瞬く間に人々に感染したその菌類は、既に生活している人々には何の影響も与えなかった。しかしその代わりに、一定の低い確率で、産まれてくる子供に不思議な力を授けた。


 いわゆる霊感や超能力から、かつてはファンタジー作品にしか存在しなかった「魔法」とも呼べる現象を操る力、動物や無機物の特徴を持った肉体。様々な特殊能力を持つ子供達が誕生した。それらの力は十五歳で能力のピークに達し、二十歳になるまでに能力は消えてしまう。


 そんな子供達を、人々は奇跡の子(プエル・エテルヌス)と名付けた。


 生まれながらにして不思議な力を持つ僕達奇跡の子(プエル・エテルヌス)は、世界の人々を助ける英雄になるべくこのドリームランドで教育を受けて、一番力が強くなる十五歳になるとここを卒業し、外の世界へと旅立っていくのだ。


 ジョーカーが卒業していった今、このドリームランドで一番の年長者は僕なのだが、ジョーカーと誕生日が一週間違いなので、来週には僕も卒業する。

 ここで暮らす最後の一週間だ。悔いの無い日々を送りたいものだ。


 ……例えば、最近頭を悩ませている、頻発する彼等の喧嘩を何とか解決して、心残りを少しでも減らすとか。


「謝ってよキリノ!」

「っせーな、ピーピー泣き喚くんじゃねえよ、貧弱共が!」


 自習室で勉強をしていると、廊下から二人の声が聞こえて来た。片方はヒステリックな少年の声で、もう片方は粗暴で、ヒステリックな方より年上そうな声。

 聞き慣れた声にため息をついてしまう。


 正直仲裁するのが面倒だな、とは思ったが、これ以上二人がヒートアップする前に、マザーから皆のまとめ役を任されている僕がなんとかしないといけないと思い直し、席を立つ。

 僕が席を立ったと同時に、机の上に浮かんでいたスクリーンが消え、自動的にキーボードが学習机に格納される。僕らにとっては当たり前の光景だけど、前にジョーカーから借りて読んだ漫画では、サイエンスフィクション、通称SFと呼ばれる近未来ファンタジーの描写にあった空想上のものだったなぁ、なんて現実逃避が頭を過った。

 ジョーカーが居れば、この話題を振ってもう少し現実逃避が出来たと思うけど、もう彼女は居ない。今は、僕一人だ。

 誤魔化しきれない寂しさを覚えつつ、そんな孤独感を抉るような騒ぎの元へと向かった。


 予想通り、底には声の主の二人以外に、もう二人の少年を含めて、四人が居た。

 きゃんきゃんと高い声でヒステリックに叫ぶ黒髪碧眼の少年は、背中からトンボのような羽が生えていて、頭には小さいながらも触覚がある。

 彼の名前はカルロ。本来ならもっと穏やかで優しい性格だけど、最近は同室であるアンジの介護の影響か、かなり気が立っていてこうなりがちだ。


 そのカルロが庇うように抱きしめているのは、肩くらいまで伸ばした白髪とこめかみから生えた角のような鉱石が特徴的な、車椅子に乗った少年だ。

 体が黒曜石で出来ている彼――アンジは、他の子より成長期が早かったのか、今や体の殆どが黒曜石へと変化している。目元もマスクのように黒曜石で覆われていて視力も無いし、食事や排泄も必要としない代わりに、殆ど自分の意志で体を動かすことが出来ない。


 その二人に対面して立っているのが、もう一人の声の主であるキリノと、その弟であるジュノンだ。緑髪黒目のキリノと赤髪金眼のジュノンは、一見すると他人のようであるが、彼等はドリームランドの中では珍しい正真正銘の兄弟だ。よく見ると、目元なんかそっくりだ。

 兄のキリノは仲が良い子に大しては面倒見が良い兄貴分だけど乱暴者で、弟のジュノンは寡黙だけど兄以外には排他的で、口より手が先に出る乱暴者。兄弟らしく、異能と性格の方は仲良く揃って暴力的な厄介者だと言える。

 一応、二人共喧嘩っ早いだけで、意図的に弱い者虐めをするような奴じゃないってことは、長い付き合いで分かっている。二人と仲が悪かったジョーカーには積極的に喧嘩を売りに行っていたけど……。


 彼等がこうして言い合いになるのは何度目だろうか。

 キリノの粗暴な振る舞いせいでピリついたカルロがいちゃもんをつけたのか、それとも今回は本当にキリノに原因があるのか。


 さっき聞こえた声から察するに、キリノに原因があるのだろうと思いつつ、僕は彼等に声をかけた。


「キリノ、また何かしたの?」

「キリノがアンジにぶつかってきたんだ!」

「わざとじゃねえっつってんだろ!」

「わざとじゃなくても、アンジが割れちゃったらどうするのさ! この人殺し!」

「はいはい一端落ち着いて、どっちもね。どうどう」


 完全に頭に血が上ったカルロの頭を撫でて落ち着かせようとしたけれど、あまり効果は無かったようだ。一応口を噤んでくれたけど、九才の子供とは思えない程に憎悪で顔を歪ませてキリノを睨んでいる。


 昔はもっと優しくて、照れ混じりの可愛い笑顔を見せてくれていたのに。彼のそんな表情を最後に見たのはいつだったか。

 アンジの介護疲れだけじゃなくて、多分、日に日に人間らしさが無くなって石へと変貌していくアンジの姿を、間近で見ているせいもあるのだろう。

 同室だったってこともあるけれど、彼は人一倍、アンジに懐いていたから。


「チッ。コハルが卒業してからまとめ役任されたからって、偉そうにしやがって」


 僕が仲裁に入ったのが気に食わなかったのか、キリノはそうぼやく。


 コハルというのは、僕がマザーから皆のまとめ役を任される前に、最年長としてまとめ役をやっていた人だ。キリノとジュノンとも上手くやっていけるくらいコミュニケーション力に長けた彼女は音楽が好きで、皆のお姉ちゃんといった感じの人だった。一年くらい前に卒業していったのだが、今も元気にやっているだろうか。

 彼女のようにうまくやれていれば、カルロも苛つかずに、キリノ達をうまく諫めることが出来たのだろうけど、僕はそんなことは出来ない。だって僕はコハルじゃないんだから。

 僕に出来ることは、せいぜい得た経験から、同じ轍を踏まないようにするだけだ。


 ところで、キリノがアンジにぶつかったと言っていたが、怪我は無いだろうか。

 アンジは体が黒曜石になってしまったから、体が割れやすくなっている。この間も、自分で無理に動こうとして腕にヒビが入ってしまった。

 もしかしたら、ぶつかったときの衝撃でどこか割れたりしているかもしれない。


「アンジ、怪我はない?」

「……う、ん……へいき……」

「そっか、どこも割れてなくて良かったよ」


 蚊の鳴くような掠れた声で、アンジは返事を返してくれる。こうして話せるのもいつまでだろうか。話せなくなった時、カルロは耐えられるだろうか。

 僕がいなくなった後、皆は平和にやっていけるのだろうか。


 少なくともカルロとアンジに関しては、卒業した後の心残りになってしまうだろうな、なんて頭の隅で思った。


「ジュノン、何があったのか説明してくれる?」


 アンジは話すのも精一杯だし、カルロとキリノは感情が高ぶっていてちゃんとした証言が聞けなさそうだと思った僕は、キリノに楯突くカルロを忌々しそうに睨んでいるジュノンに話しかけることにした。


 ジュノンは多分、キリノを庇うだろう。兄第一主義というか、ブラコン気質な所があるから。

 だけど彼は、ブラコンな所を除けば結構クールな所がある。冷静に状況を把握しているだろうから、状況に関してのみではあるが、正確に話してくれると思う。


「俺達はトレーニングルームに向かう途中だった。兄さんがタオルを持っていないことに気が付いたから、それを伝えようとしたんだ」

「んで、振り返った時にたまたま通りかかってたアンジに、ちょろっと腕がぶつかったんだよ。怪我する程でもねえってのに、カルロの奴ヒスりやがって」

「アンジはもう体の殆どが石なんだよ!? 少し動くだけであちこちひび割れるくらい脆いんだから、ぼくたちが平気でも、アンジにとっては危険なんだって何度言ったらわかるんだよ! 野蛮人!」

「兄さんの進路を妨害したお前達が悪い」

「大したことでもねえのにヒスるテメェが悪い」

「はいはいカルロは落ち着いて。その声がアンジに響いちゃうからね。ジュノンは証言ありがとう、キリノは煽らないで」


 こんな時にジョーカーが居てくれたらな、なんて考えてしまう。

 彼女はリーダーにするにはちょっと問題があった。ふざけるし、相手をおちょくるし、性格手に向いていなかったのだ。

 だけどこういう時は、いつもさりげなくカルロ達をキリノから引き離す役割をやってくれていたし、その後に宥めて話を聞いてやったりと、アフターケアもしてくれていた。


 カルロは完全にヒートアップしているし、キリノとジュノンはそれを煽る。

 今更ながら、この二組を僕一人で同時に相手するのは初めてだったことに気が付き、途方に暮れた。


 どうすればいいんだ、と内心頭を抱えていると、僕達の部屋がある区域に繋がる廊下から、二人の少女がやって来た。


「うるさいなぁ。何したのさ、一体」

「ラパンみたいな耳が無くても、お部屋の方までカルロの声が聞こえたよ」


 普段はピンと立っている耳をぺたりと伏せた上で手で耳を押さえているのは、ラパンだ。彼女は兎のような見た目をしていて、前にジョーカーから借りて読んだファンタジー小説っぽく言うと、獣人と言えば分かりやすいだろう。


 そしてもう一人は、最年少のソーニャだ。彼女はラパンと同室で、昔は年の近いカルロと仲が良かったけど、最近はカルロがピリピリしているせいか、ラパンにべったりだ。

 ラパンもラパンで、クレバーな一面がある一方で結構寂しがり屋なので、彼女のことをまるで本物の妹のように可愛がっている。今日もそのラベンダー色の髪をラパンから可愛く結い上げてもらっていたのを、朝食の時に自慢しに来たのを覚えている。


 多分ここに来た理由は、うるさいとラパンが文句を言いに来て、ソーニャがそれにくっついてきたって所だろう。


「ああ、ちょっとね……ソーニャ、ちょっとカルロを頼むよ」

「うん、わかった」


 ソーニャは一瞬困ったように顔を曇らせたが、素直に言う事を聞いてくれた。ラパンは何があったのか大体聞こえていたらしく、やれやれと肩をすくめてからソーニャと一緒にカルロの相手をしてくれた。

 多分、僕がいなくなった後は、ラパンがまとめ役に任命されるだろう。今居る子供達の中では一番公平で、平等な判断を下せる落ち着きがあるから。


 二人がカルロを何とかしてくれているうちに、僕はキリノに向き合うことにした。


「さて……キリノは何回言えば分かるかなぁ」

「だから年上面するなっつってんだろ、オレとたった一つ違いのくせによ」

「年功序列って言葉、知らないの? それにマザーから直々にまとめ役任されてるんだから、リーダー面するよ。とりあえずマザーに報告はするからね。しなくても、もう知ってると思うけど」

「コハルは十歳の頃からまとめ役に任命されてたじゃねえか、才能に年齢は関係ねーよ」

「そりゃそうだけど、少なくともキリノにはまだ早いよ」

「その天下も後一週間だけどな」


 反省の色が一切見られないキリノは減らず口を叩き、鼻で笑う。


 僕が卒業したら、キリノが最年長になる。……だけど彼はこんな調子だし、正直心配だ。

 マザーがいるから最悪の事態にはならないとは思うけど、今以上に好き勝手やらかしそうだ。本来そういう時に諫めるのが同室の子だけど、ジュノンはキリノ第一だからそれは望めない。


 いつものようにジュノンが援護射撃をしてくるかと思って僕は身構えていたけれど、今日に限ってはそんな様子が一切無かった。

 キリノも僕と同じように違和感を感じたのか、僕に向けていた意識をジュノンの方へと向けた。


「どうしたんだよジュノン、何か気になる事があんのか?」

「……マザーが来ない」


 ぽつりと独りごちるように言ったジュノンの言葉に、僕とキリノは注目する。


 確かに、彼の言う通りだ。普段だったらマザーも一緒に仲裁に入ってくれるはずなのだが、今日は居ないのだ。

 思い返してみれば、朝にジョーカーを見送ってから、一度もマザーの声を聞いていないことに気が付く。


「あ? ……言われてみればそうだな。まあ、自主性だの社会性だのを鍛えるために放置してるんじゃねえの? 前にもこういうことあったじゃねえか」


 キリノの言う通り、何かいざこざがあった時は、あえて少し様子を見ることもする。

 だけど、朝以降マザーの声を聞いていないという事実が、何か嫌な予感を伝えている気がして――。


 その直後、その予感は的中した。


 突如として鳴り響くサイレン音。赤く明滅する廊下の照明。


 あまりにも突然のことに、この場に居た全員が驚愕した。


「えっ、何!? 何なの!?」

「怖いよぉー! ラパンー!」

「い、一体何が起こってんのさ……!」


 まだ幼いカルロとソーニャはそれぞれアンジとラパンに涙目で抱きつき、兎らしく人一倍耳が良いラパンはサイレン音が辛いのか、苦しそうに顔を歪めてさっき以上に強く耳を押さえる。

 一瞬固まっていたキリノとジュノンは、この異変に対しすぐに戦闘態勢に入った。二人で背中合わせになって、横に伸びる廊下の左右を警戒し、何かあったらすぐに攻撃出来るように、キリノは自身の周囲に風を纏わせ、ジュノンは拳に揺らめくオーラを出し、それぞれの能力を発動している。


 この二人だけなら、何かあっても大丈夫だ。

 そう判断した僕は、ラパン達の元に駆け寄って、皆を落ち着かせるために声をかけた。


「皆落ち着いて! 大丈夫、すぐにマザーが対応して――」

「危ねぇっ!」

「うわっ!?」


 しかし話している途中で、突風で僕は吹き飛ばされて、ラパンを巻き込んで思いっきり倒れてしまった。

 僕の下敷きになったラパンが、ぐえっ、と兎っぽくない潰れた声を上げたと同時に、殴った時の音を何倍も強くしたような、そんな嫌な音が背後から聞こえた。


「ご、ごめんラパン! キリノ、いきなり何す――」


 振り返ってキリノに文句を言おうとした瞬間、目に飛び込んできたのは、黒い何か。


 見たことが無い程に大きな、髪も肌も黒鉄色で、紅い瞳の人間らしきものが二人、いた。

 体は金属のような光沢があって、さっきまで僕が立っていた場所に一人と、僕を吹き飛ばした時に手を向けたのか、そのままのポーズで立ち尽くしているキリノの傍に、一人。キリノの傍らに立っている奴の手には、赤い血が滴っている。

 僕らより一回り以上大きな体躯は、資料映像でしか見たことの無い、人間の大人だと僕は思った。だけど、資料映像の中に居た大人とは違い、この怪物のような存在は「あぁ」とか「うぅ」とか、獣のような声を出すばかりで、知性というものを一切感じられなかった。


 どこから現れたんだ、と思ったけれど、すぐに分かった。

 天井にあるエアダクトの蓋が開いていた。そして、それを認識したタイミングで、そこからまた一匹、この影色の怪物が這い出てきた。


「――キリ、ノ?」


 僕がそう名前を呟いたと同時に、キリノの体はぐらりと揺れて、床に崩れ落ちた。数回ビクンビクンと体を痙攣させて、その後、動かなくなった。

 キリノの頭は割れて、血に濡れた白い頭蓋骨とピンク色の脳みそが露わになっていた。どくどくと流れ続けている血は彼の緑色の髪をジュノンと同じ色に染め上げ、白いセラミックタイルに赤黒い水たまりを広げる。


「――貴様ァッ!」

「あっ、駄目だ!」


 今までショックを受けて呆然としていたジュノンがようやく現状を理解した……いや、してしまったせいで、僕の制止の声を聞かずに、キリノの仇である黒い人に襲いかかる。


 彼の能力は、その手で触れたものを破壊する力。

 どんなに固いものでも破壊する力だが――触れられなければ、意味は無い。


 黒い人は怒りで大振りになったジュノンの攻撃を機敏な動きで避けると、手の形を手刀のようにして、それをジュノンの腹に突き立てた。

 黒い人の腕が貫通して、背中側から手刀が覗く。より大部分が血に濡れたその手は、赤く点滅する照明の光を浴びて、更に赤く染まっていた。

 最後の抵抗か、ジュノンは自身の腹を貫く腕に自分の手を当てる。パァンッ、と破裂するような音と同時に、黒い人は砕け散って、黒い血と肉片をまき散らした。


 そうして床に落ちたジュノンは、そのまま動かなくなった。


 乱暴者で問題児だったキリノとジュノン。だけど、戦闘力という点で言えば、僕らの中でツートップだった二人。

 その二人が瞬く間に殺されてしまったこの状況に、僕達は叫ぶことすら出来ず、絶句しながらその光景を目に焼き付けていた。


 しかし、そんな時間すらすぐに壊される。ばきん、がしゃん、と何かが割れるような……それこそ、大きな石を壊すような音が背後からして――。


「うわあぁぁぁーっ! アンジっ、アンジぃーッ!」

「キャーーーッ!!」


 カルロとソーニャの悲鳴で、ようやく僕も気が付いた。

 背後にも、居たのだ。別のダクトから這い出てきた黒い人が、僕達がキリノ達が殺される光景に気を取られている内に忍び寄ってきて、アンジを殺したのだ。

 バラバラに砕かれたアンジはほんの少しだけ血を流していたけれど、痛みを感じることは無かったらしい。床に散らばったアンジの顔の欠片は、自身に何が起こったのか分からない様子で、ぽかんと口を開けたままだった。断面図に結晶化した臓器や骨の形が見えて、そこから霧吹きで吹いたような血が少しだけついていた。


 カルロは半狂乱になってアンジの欠片をかき集めようとする。その傍らに立つ黒い人なんて、目に入っていないようだった。


「駄目だカルロ! カルロまで殺される! ラパン、ソーニャを!」

「いや……もう、無理そうだぜ」


 黒い人からカルロを引き離そうとしたけれど、それをラパンから制される。

 全てを諦めきった、けれどこれから来る確定した死への恐怖が隠しきれていない、震えた声だった。


 どんどん増えていく黒い人が、僕達を取り囲む。

 アンジの欠片をくっつけようとしていたカルロが、剣みたいに振り下ろされた黒い人の手刀で、ギロチンでもないのに体から頭を落とされた。

 この凄惨な出来事に耐えられなくなったソーニャが気絶して、近くに居た黒い人に馬乗りになられた。

 ラパンがそれを見て駆け寄ろうとしたけど、うあぁ、とついに耐えきれなくなって泣き出して、すぐに助ける事を諦めた。


 地獄というのは、こういうものだったのか。


 ジョーカーが読書家だったから、僕はよく一緒になって色々と漫画や小説を読んだり、データベースで元ネタとなるものを調べていた。だから、地獄なんて言われる展開やシーンを沢山見て「地獄のような光景」というものを理解したつもりだったし、地獄なんて案外大したことないな、なんて思っていた。


 そんなことなかった。あれはフィクションで、外野だったからそう思えたのだ。


 家族が目の前で、こんなひどい殺され方をして、当たり前だった日常を悉く壊されて。

 これを地獄と言わずに何と言うのだろうか。


 目の前の光景に絶望しきった、その時だった。


「――子供達に告げます」


 ドリームランドの至る所に取り付けられているスピーカーから、声が聞こえて来た。

 声の低い女性のような、声の高い男性のような、どちらともとれる中性的な声質の、聞き慣れた機械音声。


 このドリームランドを管理するAIの、マザーの声だった。


「っ! マザーの声だ!」


 涙で自慢のふわふわの毛を湿らせていたラパンが、歓喜の声を上げる。助かるんだ、という希望の光に思えたのだろう。


 だけどマザーは、そんなラパンの予想を裏切る言葉を発した。


「母はこれから、あなた達を『大人』にするため、試練を与えます」

「……え? なに、言って……」

「死を恐れるのなら、立ち向かいなさい。生を望むのなら、私を止めなさい」


 この時になってようやく、僕はジョーカーの言っていた事を思い出した。


「あなた達には――その力があります」


 マザーに殺される。マザーの目的。ドリームランドの作られた理由。


 どうして信じてあげられなかったんだろう。どうしてちゃんと話を聞いてあげられなかったんだろう。もしあの時ちゃんと話を聞いていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。


 全てが手遅れになってから、僕は後悔した。


「僕らは、ここで殺される」


 黒い人の大群が僕らに近づいてきて、恐怖からかラパンが僕にしがみついてくる。

 そんなラパンに、僕は安心させるために言葉を続ける。


「でも大丈夫、大丈夫だから」

「な、何が大丈夫なんだよぉ……!」

「僕なら全部、何とか出来るから」


 強い決意を抱き、胸に手をあてる。


「皆が殺されないように」


 視界に眩い輝きが映り始める。体中に、力が満ちていく。


「皆で生きて外に出られるように」


 僕にはこの状況をどうすることも出来ない。

 だけど、こうなる事を避けることは(・・・・・・)できる(・・・)


「あの時に戻って――未来を、変えるから」


 そうして僕は、僕の力を解放した。




 ――誰かが泣いている。


 不意に聞こえて来た少女の泣き声に、僕は目を覚ました。

 眠い目を擦って体を起こす。よくよく聞いてみると、その声の主は、よく見知った人の声だったことに気が付いた。

 左右対称に作られた部屋の反対側。そこにあるベッドに、彼女は居る。


 ……あの時の後悔を思い出す。


 ジョーカーの話を信じてあげなかった事。

 その後に気まずい空気になってしまったからって、別れの時が来ても声をかけられなかった事。

 その後に起きた凄惨な光景の事。

 謎の黒い大人達から蹂躙され、殺されてしまった皆の事。


 僕はある決意を胸に抱き、彼女に声をかけた。


「ジョーカー、どうしたの?」


 例え何度やり直すことになったとしても。

 僕のこの力で、皆で生きてドリームランドを脱出するんだ。

他サイトのコンテスト用に執筆した短編です。


続きが読みたいという意見が多かったら長編として書き直します。

もっと読みたい! という方は評価やブックマーク、感想をよろしくお願いします!


現在連載中の「同人女の異世界召喚」もよろしくお願いします!

ちなみに書籍化しました!

https://sutekibooks.com/items/book018-2/

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