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首無しの亡霊に遭遇した夜から数日が過ぎた。
カイルとの次の約束まで、あと三日もある。ミヤはじりじりとしながらも聖女としての特訓は欠かさなかった。
少しも成長できていないという焦りがあった。
聖女特有の能力は二つ。治癒と浄化。それができなければ聖女とは認められない。
ミヤに瘴気の浄化能力が発現したのは七歳の頃だった。その噂を聞きつけて聖者たちが迎えに来た。選ばれた子と呼ばれ、幼い彼女は舞い上がった。両親や村の人々からも、たくさん褒められた。「よくやった!」「救世主!」と言われて自信と期待を胸に聖地メディティアに足を踏み入れたのだ。
浄化能力には問題ない。ただ、治癒能力がうまく使えない。
聖女ならば、欠落した腕さえも治すことが可能なのだという。
(私、擦り傷さえ治すのだって数分かかっちゃう)
こればかりは鍛錬あるのみなのだと聖者からは言われていた。
その最中、聖女四人に協力要請がかかった。
魔物討伐後、周辺には瘴気が留まる。その浄化と怪我人の手当を頼まれた。
これまでも浄化のために現場に赴いたことがある。ミヤはいつものとおりに身支度を整えて、急いで向かった。
瘴気の浄化には予想外に時間がかかった。
魔物が逃げ惑ったせいで被害が広範囲に及んだ。
聖地メディティアから馬車で十日。『東の森』と呼ばれる王都の端。
騎士たちの馬に乗せてもらい、浄化を進めていった。一日かけて周辺の瘴気を根絶し、夜には負傷した騎士たちの負傷の治癒にあたった。
他の聖女たちは既に負傷者テントで各々役割を果たしていた。
早速ミヤも腕が折れた騎士の元に駆け寄る。額に脂汗をかいて唸る彼が少しでも早く楽になりますようにと願いを込める。しかし、一向に変化が現れなかった。
不安と痛みで涙をためている若い彼を前にして「できない」なんて言えない。ミヤは縋るような視線を避けるように目を瞑って再度手をかざした。
「ミヤ様。代わりますわ」
怪我人よりも顔色が悪い彼女に気を遣ったわけではないのだろう。
他の怪我人の治癒が全て終わっていた。だから、いつまでももたもたしているミヤのところにアナスタシアはやってきた。
聖女アナスタシアの治癒能力は凄まじかった。一瞬、目が眩むほど眩しく手のひらが光ったあと、あらぬ方向を向いていた腕は真っ直ぐになっていた。
「あ……っ」
「ありがとうございます! 聖女アナスタシア!」
アナスタシアが難なく力を行使したことも、ずっと対応していたミヤではなく彼女しか視界に入っていない様子の騎士の姿を見ることがつらかった。
「割り込んでしまって申し訳ございませんでした。浄化でお疲れのところ、こちらにまで出向いてくださってありがとうございます」
アナスタシアの対応は完璧だった。
浄化はミヤだけで行っていた。彼女の浄化能力は卓越している。他の聖女よりも遥かに浄化完了までが早く強力だ。なおかつ広範囲に能力を使い、疲れを見せない。
並みの聖女ならば日に一度、浄化を行うだけでも酷く消耗する。
聖女ミヤが浄化能力ひとつでも特に咎められないのは、そういった事情があった。あくまで治癒は付加的能力に過ぎない。しかし、彼女自身は聖女となって日も浅いアナスタシアにできることが自分にはできないことを酷く恥ずかしいことだと思った。
肩を落として、テントを後にする。
今夜はここに泊まり、明朝には聖地に戻るという話を気もそぞろで聞き流す。
(私、聖女の才能ないのかも……)
下唇をかみしめて堪えた。
(聖女は泣いちゃいけない。みんなの希望なんだもん。救世主だって、送り出してもらったんだから)
重い足取りで、自身に用意されたテントに向かった。
彼女を追いかける影がひとつ。聖女アナスタシア付きの侍女だ。
侍女は囁くような声量でミヤを呼んだ。
「ミヤさま。ひとつ、お伝えさせていただきます」
不意を突かれ、驚いて振り返る。
焚火に照らされた侍女の表情は、驚くほどに何の感情も映していなかった。
「余計なこと、しないでくださいね」
その口調には訛りがあった。
(余計なこと……?)
信じられない思いで、背の高い彼女を仰ぎ見た。侍女は言うことは言ったと言わんばかりに既に踵を返そうとしている。
手首を掴んで引き留めたが振り払われた。
「どうしてあなたにそんなこと……っ!」
そんな言葉を投げかけても答えはなかった。遠ざかっていく背中を見つめることしかできない。
ぐっと拳を握りこむ。
どうして、そんなことを言われなきゃいけなかったかなんて、理由は明白だ。
ミヤが不甲斐ないせいだ。能力が足りないから。
今度こそ耐えられなかった。泣いていることを知られたくない。テントまで走るミヤに気付く者はいなかった。
聖女全員が揃った初任務は、彼女に深い傷を残した。




