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夕食の場に聖女たちは姿を現さなかった。
あんなことがあった後なのだから、自室で気持ちを落ち着けたいというのが彼女らの返答だった。ミヤはその判断を「なるほど」と思った。
元来お気楽な性格である自分とは違って、彼女たちは貴族だ。
雑草のようにへこたれないのは平民である私だけなんだと飲み込んだ。
(きっと、次に会ったときには仲良くなれるはず。だって同じ聖女なんだもん)
気を取り直して、豪華な料理を前にフォークとナイフを手に取った。
今日で一人きりの食卓とはおさらばできると思っていたけれど、まだ先のことになりそうだ。
翌朝もミヤはドキドキと緊張しながら、他の聖女たちが食堂に姿を現すのを待った。
いつもはすぐに手を付ける食事が今日は進まない。瞬きが増えるのを自覚した。
待っていても仕方がない。そう考えるまでには時間が必要だった。冷めた料理を前に、小さな体を更に縮こませながら何とか食べ切った。
翌日も、翌々日も、事態は変わらなかった。
その頃になると、ミヤもさすがに他の聖女たちが、ここには顔を出す気がないことを察した。
食事を摂っている最中、背後に控えている侍女たちに目を向けてみる。
彼女たちはミヤよりも遥かに年上の大人で、気軽に会話をしてくれそうもなかった。
聖女アナスタシア付きの侍女は、随分と彼女と親しそうに見えた。アナスタシアの侍女は、幼い頬に散らばったそばかすが特徴的な子だった。きつく編み込まれた三つ編みは見慣れないものだった。あんな風に括っている子は村にはいなかった。もしかしたら、出身はこの辺りではないかもしれない。
アナスタシア自身は、都会の洗練された雰囲気があった。
いいなぁ、とミヤは独りごちる。私にも同年代の侍女がついてくれたら良かったのに。
続いて、双子のことも思い返してみた。
二人で一つという印象だった。外見は全く似ていないのに、一目で双子だと分かった。
(ひとりぼっちは私だけだ)
そんなことを思いながらも、ミヤはまだ彼女たちと親しくなることを諦めていなかった。
(来たばかりで緊張しているのかもしれない。思い込みで決めつけたらいけないもの)
もう一度勇気を振り絞ってみる価値はある。
うんうんと唸りながら考え、手紙を出すことを思いついた。
会えないのなら、文字で伝えようと思ったのだ。何を書くかはもう決めた。お茶会をしましょうと誘うのだ。
貴族の令嬢たちはお茶会を頻繁に開くものだと、本で読んだことがあった。
ミヤはお茶会なんて開いたことがない。幼い頃におままごとでやったことがあるくらいだ。
「ねぇ、シンシア。お願いがあるんだけど」
普段から良くしてくれている侍女に意を決して話しかける。
「はい。ミヤ様」
楚々と近付いてきた彼女にコソコソと耳打ちした。
みんなに計画が聞かれてしまうのは恥ずかしい。シンシアはミヤの話を聞いて、優しく頷いた。
「きっと皆様喜ばれると思いますよ。準備はこちらでさせていただきますね」
後押しするような返事に人知れず安堵した。
もしかしたら急にそんな提案を投げかけることは無作法にあたるかもしれないと心配だったのだ。支度は安心して彼女に任せることにして、少しばかり元気を取り戻したミヤは食事を再開した。
大人と同じか、それ以上に量がある食事に普段から苦労していた。侍女たちは無理をせずに残してしまえばいいと言ってくれるが、それでは申し訳ないと思ってしまう。
減らしてほしいと願い出ても、それはできないと突っぱねられてしまっている。
(他の子たちも、こんな量を食べてるのかな)
そんな疑問で頭とお腹をいっぱいにしながらミヤは自室へと戻った。
お茶会の誘いに対する返事が全て戻ってきたのは、三日後のことだった。
どの返答にも、誘いに対する丁寧な礼と快諾する旨が記載されていた。
ミヤはこれを飛び上がって喜んだ。これで一歩前進したと思ったのだ。素敵な会にしようと気合を入れる。
腕まくりをしながら、侍女たちが止めるのも聞かずに調理場を借りてクッキーを焼いた。
お菓子作りが上手だと村では評判だった。聖女たちも喜んでくれるはずだと胸を躍らせる。
その日の昼過ぎにはお茶会の準備は整った。
侍女が聖女たちを呼びに行ってくれて、ミヤは花に囲まれた庭園の真ん中で一人で待っていた。
テーブルの上には自信作のクッキーが山と積まれている。生地にナッツを練り込んだ素朴な見た目だったけれど、味は良いはずだ。
初めに双子のエレオノーラとセレフィーナがやってきた。
セレフィーナは、姉のエレオノーラの後ろに隠れていた。
「来てくれてありがとう!」
声をかけると、二人は上から下までミヤを観察した。そうして形式ばかりのお辞儀をして、そそくさと席へと座る。
彼女たちの次にアナスタシアが姿を見せた。例の侍女を引き連れている。
全員が顔を合わせるのは、任命式以来のことだった。
「ごきげんよう。お誘いいただき嬉しく思います。楽しい時間になるといいですわね」
アナスタシアはミヤに微笑んでくれた。
(この間、睨まれた気がしたけど、勘違いだったのかも)
立ち位置が悪かったのかもしれない。話しかけてくれたことで、勇気が湧いてきて、頭の中でそう結論付ける。
お茶会はミヤとアナスタシアが会話することに終始した。
双子にも話を振ったが、一言二言、ぼそぼそと返事があるだけだった。正直、何を言っているのか聞き取れなくて、聞き返しても「もういいわ」と言われるだけだった。
ミヤも段々とすげない対応に一度で聞き取らなきゃいけないんだと思い、身を乗り出した。しかし彼女たちはますます距離を取るばかりだった。
焦ってしまうけれど、一度紅茶を飲んで落ち着くことにした。
(まだ初対面なんだもの。仕方ない)
ぐいぐいと来られると引いてしまうタイプなのだろう。
アナスタシアも、好意的な態度は崩さないけれど、目の奥は笑っていなかった。
駄目押しに手作りのクッキーを話の流れでさりげなく勧める。
「ミヤ様はお料理もできるのですね。素敵ですわ。ありがたく頂戴いたします」
ニコニコとしていたが、アナスタシアが手を伸ばすことは終ぞなかった。
双子に関しても同様だ。彼女たちは紅茶にすら口をつけていなかった。
うわべだけのお愛想を交換して、お茶会はお開きになった。
解散し、聖女たちが誰も手をつけなかったクッキーをミヤは見つめた。
「シンシア。みんな、お腹が減ってなかったのかな」
ぽつりと呟く。
ここでの食事は量が多いから、お菓子を食べられるだけの余裕がなかったのかもしれない。それが理由ではないことは分かっていたけれど、そう思わないと悲しくて涙がこぼれてしまいそうだった。
「ミヤ様……ミヤ様が張り切ってらっしゃったので、御止めすることができませんでしたが、その……貴族の方々は毒見されたもの以外を口にすることはないのです。ですから、彼女たちはその慣習に従っただけで、悪意があったわけではないのですよ」
「そう、だったんだ。私、知らなくて。みんなに悪いことしちゃったな」
シンシアは気づかわしげな視線を向けた。
(なんだか全然うまくいかないなぁ)
つい弱気になってしまう。下げられていくクッキーのお皿を見つめ、ミヤは必死で普段の表情を保とうとした。




