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見習い騎士たちの訓練場に剣がぶつかり合う音が響いている。
砂埃が上がり、見通しが悪いことにも構わず、ミヤは打ち合っている二人の騎士のうちの一方を見つめ続けていた。
片方は聖騎士のバルト。彼は表情こそ真剣だったが、その動きには余裕があった。一歩が大きく、あっという間に相手との距離を詰めてしまう。惚れ惚れする闘いぶりだった。
一方、その力強い剣筋をなんとか受け流すことしかできない相手のほうは見習い騎士だった。大汗をかいて、かれこれ半刻近く打ち合っている。彼が集中を切らさないように、ミヤは遠くから見つめるだけに留めていた。
(カイルの邪魔はしない。この間のことは怒られちゃったもの)
ミヤとカイルが幼馴染だという話は、瞬く間に広まった。あれだけ大人数に見られたのだから当然だ。ミヤは特に知られても問題ないと思っていたけれど、カイルの方はそうではなかったらしい。
夜、壁面の小部屋で小一時間ひたすら注意を受け、眠くて欠伸を噛み殺したことは記憶に新しい。
(そんなに怒らなくたっていいのに)
そう思っていたのが態度にも出ていたのだろう。昼間は接近禁止を言い渡され、抗議をすると鼻先に指を突きつけられた。
「おまえは聖女で、俺はただの平民だ」
私だって平民だよと言ったところで、そこからは取り合ってもらえなかった。どうしても納得できなくて、カイルの頑固頭とボソリと呟いて睨まれてしまった。
唯一、今までのように夜に会うのは続けてくれると言ってくれた。それすらも禁止されたらミヤが本格的に機嫌を損ねることは百も承知なのだろう。
落とし所というには、あまりに一方的な線引きだった。
時間を見つけては訓練場に顔を出すミヤを始めのうちは追い返していたカイルだが、日に何度も来るので早々に諦めたようだった。彼以外の騎士たちが彼女を歓迎することも理由の一つだろう。多数決の勝利により、これまでどおり見学を続けることはできるようになった。
熱心に見つめる彼女の隣にフィンが立った。足音もなく近付いてきたので驚いてしまう。
「フィン! いつからそこにいたの?」
「つい数分前からです。ミヤ様があまりに集中してらしたので声をかけ損ねてしまいました」
最初のうちは彼はミヤに恐縮していて、まともに会話ができるようになったのは最近のことだった。落ち着いて話してみると彼はとても思慮深く、そして他の人にはない視点を持っていた。学者だったという彼の父に似たのだろう。生まれ育った土地を追われるようなことがなければ、フィンも父親と同様の道を歩んでいたのかもしれない。
「聞いてよ、フィン。カイルったら酷いのよ。さっき話しかけようとしたら無視するの。私こーんな近くにいたのに。もう目と鼻の先くらいのところにいるのにプイッて顔を背けたの!」
「照れているんでしょう。ミヤ様はハッとするほどお美しいですから、まともに見ていると眩しくて目が焼かれそうになります」
「揶揄わないでよ。私、すっごく真剣に悩んでるの」
「本当のことですよ。少なくとも、僕だけじゃなくこの聖地にいる者はみなそう思っています。あなたは僕たちの光だ。治癒と浄化の力を使いこなし、精霊王様と対話できるのはミヤ様にしかできないことなのですから」
フィンは歌うように言葉を紡いで褒め称えたが、途中からミヤの視線は幼馴染に釘付けになっていた。
カイルは今、正式な騎士に最も近いと言われているのだ。先日の魔物の襲来の際に真っ先にミヤを守ったところをバルトが大きく評価した。身体が回復してからは、ずっと付きっきりで訓練をつけてもらっているようだ。
(聖騎士になるって約束してくれたもん。カイルはああ見えて、やりたくないことには絶対頷いてくれないんだから)
だから、聖騎士になるというのは彼自身の望みでもある。いくらミヤを邪険にしたとしても、心の底ではそれが本心からの行動でないことは理解していた。
「あっ!」
カイルの剣が弾かれる。勝負はついたようだった。駆け寄りたい気持ちをなんとかこらえる。
それでも彼がチラリとこちらを見て、一瞬だけ目を細める。すぐに視線は逸らされたけれど、ミヤの心臓はバクバクと激しく高鳴っていた。
(この間から何なんだろう)
カイルを前にすると、頰が熱くなって、居ても立っても居られない気分になるときがある。そわそわとして、逃げ出したいのに彼の視界に映っていたいとも思う。相反する気持ちは言葉にできないむず痒さを伴った。
その様子をフィンや、周囲の騎士たちがこっそりと観察しているとも知らず、ミヤは赤くなった顔を隠すために俯いた。




