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精霊王に選ばれた私ですが、幼馴染騎士だけは跪いてくれません  作者: えびのおすし
二章

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 ミヤ、と呼ばれ、彼女は振り返った。

 そこで話しかけられるであろうことを予期していた。思った通りの相手だった。

 彼女は今、とても機嫌が良い。にこりと笑顔を向けると、相手は委縮してしまったようだった。

(うーん、失敗。もっと真面目な顔をしてたほうが良かったかな)

 どんな反応をしても、おそらく同じ結果になっただろうけれど、それでも考えずにはいられなかった。

「ただいま、アナスタシア」

 ドアに半身を隠すようにして話しかけてきた少女は、びくりと肩を震わせた。眉が下がっており、泣いたのだろう、目尻が赤く染まっている。

 ミヤが一歩踏み出すと、アナスタシアは後退する。

 自室へと引っ込んでしまいそうになるから、ドアの縁に手をかけた。

「逃げないで」

「逃げてなんかないわ。でもミヤが怒ってるから……」

「怒ってない。そう見えるのは、アナスタシアのほうに後ろ暗いところがあるからでしょう」

 目が合わない。下を向いたまま、唇を噛みしめて黙り込んでいる。想像通りの反応だった。アナスタシアは二人きりになると途端に普段の気の強さがどこかへと飛んでいってしまう。

 そういうところが可愛いと思っているけれど、今口に出して言うのは場違いだと、さすがのミヤも分かっていた。

 責めたいわけではない。そんな気持ちは、微塵もない。

 たとえ今回の騒動を引き起こしたのがアナスタシアではなく別の聖女だったとしても許すだろう。

(だって私、みんなで浄化の儀を完遂させたいんだもの。それに、アナスタシアは悪くない)

 貴族というものは、総じて平民には分からないしがらみを抱えているようだ。ということに彼女が気付いたのは、彼女たちと仲良くなり始めてすぐのことだった。

 毎日のようにアナスタシアには手紙が届く。両親から近況を聞かれているのだと小さな声で、罪の告白をするように呟いていた。

 山と積まれていった手紙は、もう自室の引き出しに仕舞い込めないくらいの量になっている。

 捨ててしまえばいいのに、と思う。

 そんな苦しそうな顔をして、手紙に埋もれて息ができなくなってしまうくらいなら、全部捨て去ってしまえばいい。

 内心では思えど、本人に直接言ったことはなかった。

 あれは呪いの手紙のようなものだ。アナスタシアを縛りつけ、そうして彼女自身もその呪いから解放されたら何が起きるのか分からない。だから捨てられない。怖がっている。

 そこに何が書かれているのかは把握していないけれど、アナスタシアの様子から、良くないことが書かれているのは明白だった。

 夜な夜なベッドを抜け出して秘め事に耽っているのはミヤだけではない。

 壁面に細工をしている後ろ姿を見かけたことがある。

 その小さく丸まった背を抱きしめたいと何度思ったことか。だが、実際には何もしなかった。

 アナスタシアのプライドを酷く傷つけると思った。彼女自身の力で跳ねのけて欲しかった。

 その結果が今の惨状だというのなら、責任はミヤにもある。

 背後でドアが閉まる音がした。残酷な音だった。広い部屋で二人きり。逃げた背中を追いかけた。

 壁面に追い詰めた哀れな少女は体を震わせて蹲ってしまう。

 アナスタシアの心が、今までにないくらい揺れていることには気付いている。だから、ミヤは彼女をそっと抱きしめた。

 ひっ、と喉奥が痙攣したような声を腕の中に囲い込んだ。

「言われてやったんでしょう? アナスタシアの意志じゃないもんね。分かってるよ」

「ち、違うわ。わたくしは、ただあなたが本当は憎らしくて、大嫌いで、貶めてやろうとしたのよ!」

「嘘つかなくていいよ。アナスタシアのことは何でも知ってる。優しい子だもの。お父さんにお願いされて、逆らえなかったのよね」

 大丈夫、大丈夫だよ、と頭を撫でた。しゃくり上げる彼女をミヤは冷静に観察した。

(なんて言ったら、罪悪感を抱えずに済むのかなぁ。アナスタシアったら、変なところで繊細なんだよね)

 責められるべきは、実の娘をここまで追い詰めた公爵だ。裁かれるべき対象は既に見極めている。

 甘い対応だとエレオノーラが怒るかもしれないな、と頭の隅で考えながら、涙で潤んだ目で見つめられていることに気付いた。ぼろぼろと流れ落ちる雫を指の腹で拭う。

(精霊王様も、監獄に囚われた私を見たときに同じ気持ちだったのかな)

 助けてあげたい。でもその前に、聞かなければならないことがある。

「あなたのお父さんは、聖女が嫌いなの? それとも、私のことが嫌いなだけ?」

「え、え……」

 混乱しているのだろう。言葉に詰まって、碌に声も出せないでいる。静かに待った。彼女の答えを、ただ静かに。

 その間、背中を擦った。骨が浮いて、ごつごつとした手触りだった。

 きっと己のしたことを責めて、食事も喉を通らなかったのだろう。はやくみんなで一緒にご飯が食べたいと思った。王子が来てから、食事時はいつも憂鬱だったのだ。

 ミヤは慈愛の微笑みを浮かべ、アナスタシアは信じられないものを見るように目を見張った。

「父は、国王派なのよ」

「ん?」

「聖女の存在を疑問視している。排除に傾いてる」

「王子と同じね」

「全然違うわ。王子は逆に聖女を良い駒として有効活用するつもりなのよ。スタンスがまるで違う。現に、聖女ミヤが国王派に取り込まれていないかを彼は確認するために来た。そして、あなたが何も知らずに呑気に過ごしているだけと分かったら、わたくしや父からこれ以上干渉されないうちに保護に動いた。恩を売って、今後のパイプにするためよ」

「うむうむ」頷きはしたけれど、難しいことは右から左へと通り抜けていく。「アナスタシアが私に酷いことできるわけないのにねぇ」

「最後の……最後のチャンスだったのよ。あなたをこんな貴族たちの道具になんてしたくなかった。浄化の儀が始まってしまったら、もう聖女からは降りられない。言うことを聞けば、お父様が良いようにしてくださるって約束したの」

「私を聖女の座から引きずり降ろして、平民に戻すつもりだった?」

「ええ。でも、ここまでの騒ぎになると思っていなかったの。あんなに魔物が寄ってくるだなんて聞いていたら、式を書き加えたりしなかった」

 その主張に嘘はないのだろう。アナスタシアが可哀想に思えてくる。騙されたのだ、父親に。

「アナスタシア。もうお父さんの言うこと聞くのやめなよ。これからは私が守ってあげる。私は嘘なんかつかないよ。こんなふうに泣かせたりもしない」

「ミヤ……」

 揺れる心が定まったと分かった。あの手紙の山は後で全部燃やしちゃおうねとミヤは歌うように囁く。

 アナスタシアはもう逆らえない。縋るようにミヤの服の袖を引き、そうしてこくりと頷いた。

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