26
聖地に戻った後、ミヤは真っ先に騎士たちの宿舎へと向かった。
騎士たちは驚き、騒めいた。なぜ彼女が前触れもなく解放されて、この場所に現れたのか彼らには分からない。
すぐさま聖騎士を呼びに行く者もいれば、遠巻きに取り囲む者や、戸惑いながら他の騎士たちと顔を見合わせる者もいた。
その中にカイルの姿はなかった。
「カイルは?」
手近な騎士の袖を掴む。聖女の急接近に彼は目を白黒させながら、やっとのことで「救護室にいます」と答えた。
「ありがとう」
彼女の行く先を阻む者はいなかった。彼女は最初は足早に、しかしすぐに気が急いて堪らなくなったのだろう。駆け足で救護室へと向かった。
救護室に詰めていた医師たちは、騎士たちと同様に驚いて立ち上がってミヤを迎えた。
サッと室内を見渡し、ひとつ埋まったベッドを見つけると彼女は大きく息を吸い込んだ。
傍らに来ると、カイルがか細く息を吐くのが分かった。
「カイル……?」
包帯に埋もれるようだった。全身が瘴気に侵されている。彼の命がじわじわと削れているのが分かった。
「ミヤ様。つい先程までセレフィーナ様が救護にあたっておりました。しかし、セレフィーナ様のお力ではこれが限界のようでして……」
「うん。分かってる」
彼女の実力はミヤが一番よく知っている。
治癒だけならセレフィーナが最も優れているが、彼女は浄化が苦手だ。
ミヤは床に膝をつき、カイルの頬にそっと手を添わせた。
「遅くなってごめんね。つらかったよね」
そのとき、意識を失っていると思われた彼が微かに口を開けた。耳を寄せるとミヤの名を囁いた。
そのときじんわりと胸を満たしていく感情を表す言葉を、彼女はまだ知らなかった。
「すぐ良くなるから大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
精霊王は力を与えたと言っていたが、彼女はまだ半信半疑だった。
治癒と浄化を同時に使った。
目に見えて傷が修復していくのが分かった。背後で医師たちが聖女の奇跡に息を呑む。
ミヤは彼の体から全ての傷と瘴気が消えたことを確認して、胸を撫で下ろした。
(うまくいった……!)
嬉しかった。やっとだ。ようやく治癒の力が使えた。
カイルは息を深く吸い込んでむせていた。ミヤは驚いて彼の背を撫でる。単に肺に新鮮な空気が入り込んだことで一時的に咳き込んだだけのようだった。
恐る恐る顔を覗き込む。彼は一度瞬きをすると「どうした?」と短く訊いた。
「泣いたのか? 目が赤くなってる」
「ううん。大丈夫。全部、大丈夫になったの」
両手で顔を挟まれて、思わずへらりと笑ってしまった。二人きりだったら、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表していたことだろう。さすがにみんなの前でそれは恥ずかしい。
それでも気持ちが抑えきれなくて、カイルの胸に飛び込んでしまう。
難なく受け止められた。戸惑いながら「ミヤ?」と問われる。
「あのね、嬉しいの。私、治癒が使えるようになったんだよ!」
ニコニコの笑顔を間近で見て、カイルは眩しそうに目を細めた。そうしてようやく自分が今どこにいるのかを把握したようだった。
「ちょっと待て。ミヤ、離れろ」
「イヤ。頑張った分、しっかり甘やかしてもらうんだから」
「それどころじゃない!」
珍しく大声を出すので、怪訝になって彼の表情を見つめた。
「何で離れないといけないの?」
「ここ、みんないる」
振り返ると医師たちだけでなく、彼女を追いかけてきた騎士たちまでもが二人の親密そうな様子を見て固まっていた。
ミヤは首を傾げた。
「駄目? いいじゃない。私、隠してるの嫌になっちゃった」
「嫌になっちゃったって、お前な……」
なぜ幼馴染であることを隠さなければならないのだろう。
気分が開放的になってしまっているおかげで、今まで我慢してきたことが全部嫌になってしまったのだ。
彼女たちのやり取りを周囲は当然、別の意味だと捉えた。カイルがしっかりと彼女の腰を抱いているのも良くなかった。
一瞬の静寂の後に、騎士たちの中から特大の嘆きの声が上がり、それは瞬く間に伝播していった。
同時に一人が救護室へ一歩踏み入れたことをきっかけに続々と騎士たちが乗り込んできた。カイルと優しく引き剥がされ、当の彼は騎士たちにもみくちゃにされている。
事態が把握できなかったが、きっと回復を喜んでいるのだろう。
ミヤは能天気に結論付けて、「あ。私がいたらお邪魔かな」と気を利かせた。
(男同士で騒ぎたいときもあるもんね)
普段、同性と過ごす時間が多いから、その気持ちはよく分かった。
まったくの見当外れであることに彼女だけが気付いていなかった。
せっかく治したところに彼が再び一発二発もらっていることなど知らず、ミヤは鼻歌を歌いながら救護室を後にした。




