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王城へと続く門は固く閉ざされていた。
守衛に行く手を阻まれ、エレオノーラは「聖女が来たと伝えなさい」と大声を出した。そうしないと雨音で自身の声が掻き消されてしまうからだ。
しかし守衛たちは何も言わず、ただ前を向いたまま、彼女を制止し続けた。
エレオノーラにも分かっている。
事前の連絡も許可もない者が王城に立ち入れるはずもない。
だが、彼女は聖女だ。特権階級だ。
その権限を行使して忖度されることを一縷の望みとしてかけた。正式な書状は発行できない。なぜなら、それに最終的な判を捺すミヤが囚われている。
ここで粘っていても時間の無駄だ。
ならば次の手だ。
エレオノーラには聖女以外に貴族令嬢という肩書きがある。それを最大限利用してやろうという腹積もりだった。
直接ミヤが囚われている牢獄へと向かった。
貴族には囚人との自由な面会が許されている。己に関わりがある事件に限った特例措置だ。聖地襲撃の件に関する参考人としての条件は充分満たしている。むしろ当事者なのだから面会許可は当然の権利だ。
濡れ鼠姿のエレオノーラの訪問に看守たちは少なからず慌てたらしい。
貴賓室へ通され、下にも置かない歓待を受けた。
はやる心を抑えつつ、あくまでも貴族らしく落ち着きを払った態度で「聖女ミヤの面会に来ました」と告げた。
充分に体を温めてもらい、看守に前後を守られながら地下の監獄へと向かった。
ミヤが投獄されたのは貴族専用の牢獄だった。
平民よりは良い待遇のようだったが、それでもその惨状ともいえる環境にエレオノーラは眉を顰めた。
「これが救世主たるミヤへの仕打ちなの?」
独り言は聞こえてしまったようだった。
案内の看守はぎくりと肩を震わせる。
(こんなの絶対に許されないわ。ミヤが可哀想)
拳大のネズミだけでなく、ムカデや正体の分からない虫が這い回っている。
囚人の数自体は多くないようで、ほとんどの牢が空だった。
三人分の足音が高く響き渡る。
腐ったような匂いがどこからか流れてきていた。
ミヤは一番奥の牢にいた。簡素なベッドに横たわる彼女はピクリともしない。
「ミヤ……?」
おそるおそる名前を呼ぶ。
するとミヤはゆっくりと顔を上げ、エレオノーラと分かると起き上がった。
「エレオノーラ……来てくれたのね」
「ええ、ええ。もちろんよ」
鉄格子を掴み、ミヤに手を伸ばす。ぎゅっと繋いだ手の温かさに安堵した。
艶やかだったミヤの髪が乱れている。ろくに湯浴みもさせてもらえていないのであろう。その惨憺たる有様にエレオノーラは怒りを滲ませた。
「エレオノーラ。カイルはどうなったか分かる? ここにいる人たちに聞いても、みんな知らないって言うの」
「大丈夫よ、ミヤ。怪我は酷いけど、命に別状はないわ」
エレオノーラは嘘をついた。ミヤにこれ以上酷い現実を突きつける必要はない。
「そう……良かった……」
胸を撫で下ろしている様子に罪悪感を抱くが、見習い騎士の窮状は今はどうでもいい。
エレオノーラにとって大切なことは、あのときミヤに何が起こったのか聞き出すことだ。
「普通の魔物じゃなかったの。体が大きくて、浄化も一回じゃ効果がなかった。あんなの初めてよ。今まで遭遇したどの魔物よりも強い個体だった。それで、私、無我夢中だったの。みんなを守らないとって思って、精霊王様の力をたくさん使った」
「殿下はどうしてあなたを犯人って言ったの?」
「分からない。証拠があるらしいの。でもここに連れてこられてから殿下が顔を出したことはない。殿下どころか、誰かが訪ねてきたのはエレオノーラが初めて」
「ミヤを拘束したい理由でもあるのかしら。犯人として捕らえているのは建前で、あなたを動けない状態にしておく必要があるのかも」
「どうしてそんなことを? 私はただ、自分の役目を果たしただけ。悪いことなんてしてない」
「分かってる。ミヤが国家転覆なんて考えるような子じゃないことくらい、わたしたちはちゃんと知ってる。国民のために命を賭して戦ってるのよ。こんな馬鹿な話はないわ」
後半は看守たちへの当てつけだった。ミヤをこんな酷い環境に置いて良心が痛まないのか。相手は聖女だ。この国で、唯一無二の存在だ。
ミヤは一筋の涙を流した。エレオノーラはそれだけで胸が締めつけられるような思いがする。
「殿下は私たちのことをインチキだって言ったの。浄化の力は式の応用だろうって。精霊王様の存在を信じてないのよ」
「それは……」
言い淀んでしまう。ミヤ以外の聖女は誰も精霊王の実在を信じていないと言ったら、きっと彼女は悲しむだろう。精霊王信仰は根深いが、その存在については懐疑的な国民がほとんどだ。王子も恐らくはその口だろう。見るからにリアリスト然としていた。
「ねえ、ミヤ。壁面の式が壊されてたの。だから魔物が聖地に這入り込んだんだわ。任命式の日にも魔物が侵入してきたわよね。あのときの原因は何だったの? ミヤが調査を担当したんでしょう?」
「うん……何だったかな。昔の資料を見れば分かると思うんだけど」
そのとき、ミヤが困ったように笑うからエレオノーラは気付いてしまった。彼女は嘘をついている。そのことに殊の外ショックを受けた。先に嘘をついたのは自分のほうだ。同じことをされて傷つくのは調子のいい話だと頭では理解していた。
動揺を悟られないように必死になる。
「……今回の件、精霊王様は何ておっしゃってるの? わたしたちはまだ精霊王様のお声すら聞かせてもらったことがないから知りたいわ」
聖女の中で精霊王と直接やりとりをしたことがあるのはミヤだけだ。彼女はきょとんとして答える。
「精霊王様? 何も言ってきてないよ。こんな些事に構ってくださる方じゃないもの」
「そう……。ミヤ、わたしね。ずっと気になってたことがあるの」
「なあに?」
無垢な表情がいっそ痛々しいほどだった。下唇を噛み、散々迷った後、エレオノーラは核心に触れた。
「精霊王様って、本当に実在するの?」




