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エレオノーラは一人、長い廊下を足早に進んでいった。
今、聖地は太陽を失ったかのように暗い影が落ちていた。
窓の外では雷雨が渦巻いていた。叩きつける雨粒をエレオノーラは睨みつける。
(絶対に、おかしいわ)
自室だったなら間違いなくその場で地団駄を踏んでいたであろう。すました外見からは想像もできないほどに彼女は直情型だった。
しかし彼女も聖女の一端を担うものである。
誰が見ているかも分からない場所で大っぴらに不満を露わにすることはなかった。
(あの子が謀反なんて考えるわけないじゃない)
魔物の襲撃があった後、王子との間にどんなやり取りがあったのか、離れた場所にいたエレオノーラは知らなかった。
兵士たちに連れていかれるミヤを見て、最も取り乱したのは双子の妹であるセレフィーナだった。普段は無気力な妹があれほどまでに大きな声で叫ぶところを見たのは初めてだった。
ミヤの投獄はエレオノーラにとっても青天の霹靂だった。
驚いたが、何かの間違いだろうと思った。すぐに誤解が解けて解放されると妹にも言い聞かせた。
だが、二週間経ってもミヤは王都から帰ってこない。
セレフィーナは憔悴しきっている。
エレオノーラにとってもミヤは大切な友人だったが、妹よりは少しばかり冷静だった。
妹を泣かせるものは排除しなくてはならない。
その一心で今回の顛末の情報を集めているところだ。
アナスタシアは助けにならなかった。彼女の世界はミヤ中心に回っている。あれから部屋に閉じこもったきり、侍女たちが話しかけても返事すらないようだった。
聖地には遠征に出ていた騎士たちも帰還しており、不穏な雰囲気は全体に伝播していた。騎士たちからはミヤの解放を求めて王子に直訴しようという動きもあるようだった。
それだけは回避しなくてはならない、というのがエレオノーラの考えだった。聖地という場所は特殊だ。聖人たちが式を用いて精霊たちの力を使った特務をこなす代わりに、独立区域として存在することを許されている。
精霊王の使徒であることを建前に自由な活動を許されているのだ。
だが、聖女や聖人たちを保護する役割を担う騎士の必要性についての懸念は、度々貴族たちの間で上がっているようだった。
要は、精霊王の名の下に聖女たちが蜂起して国王を害する可能性を貴族たちは危惧している。らしい。聖女という清らかな存在がそんなことを考えるはずがないという性善説に基づき、危うい均衡の上に聖地は存在しているのだ。
ミヤの策略により王子が魔物に襲われそうになったという疑いが晴れない限り、騎士たちからの抗議は悪手でしかない。
先程、今回魔物たちが破ったという式を確認してきた。
エレオノーラは聖人たちが扱う式についても勉強していたので、何が書いてあるか把握することができた。
何の変哲もない標準的な式だった。強力な魔物避けの作用がある。文法におかしなところはなかった。
ただ、破られた壁面には、不可思議な点を見つけることができた。
精霊避けの式が書き足されていた。ちょうど、低木の茂みに隠れるような場所に、だ。
式は精霊たちの力を得て、初めて効力を発揮する。精霊たちは気まぐれだが、式が気に入れば恒久的に力を付与し続ける。
なんらかの事情により力を付与されなくなった式は時間と共に摩耗していく。そして、やがては効力を失う。
今回の騒動では効力を失った式の箇所を狙われたのだろう。
聖人たちが定期的に点検をしていれば防げたはずだ。だが、彼らは油断していた。何かあってもミヤをはじめとする聖女たちがいる。更に、任命式以来、魔物の襲撃に遭ったことがないという驕りもあったのだろう。
そこでふと、エレオノーラは足を止めた。
(どうして任命式は魔物に襲われたのかしら)
仮にも聖地だ。守りのための手段が二重三重にも用意されている。
その状況下で、いくら聖人たちの怠慢があったとはいえ、そう何度も魔物の襲撃があるものだろうか。
何かがおかしい。
この違和感を見逃すべきではない。
何者かがミヤを陥れようとしていると思った。本当にミヤをよく思っていないのは、聖女を危険視し、国王の安全を確保しようと心から思っている貴族だけだろうか。
もしそうなら、なぜ王子を巻き込むようなやり方をしたのだろう。
答えは出なかった。だが、エレオノーラは自分にできることはまだ残っていると思った。
(他の誰も頼れないなら、わたしが解決するべきだわ)
彼女はすぐさま踵を返した。
こんなところでいくら推測したところで答えには辿り着けない。手っ取り早い方法がある。
(王子に謁見する。ミヤのために情報を得ないと)
覚悟を決め、侍女たちに指示して最低限の装備で聖地を飛び出す。外の天気は嵐のような暴風雨へと変わっていたけれど構うことはない。
単身、王都へと向かった。




