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「とんでもないこと?」
そう聞き返すけれど、ミヤの意識はもうずっとカイルのほうに向いていた。
耳鳴りがする。血溜まりから熱が消えていく。冷たくなっていってしまう。
「いま、わたし……」ぼんやりとしながら答えた。「あなたにかまっていられないの」
魔物たちはほとんど浄化されていた。
他の聖女たちも追いかけてきてくれたのだろう。騒ぎは収まり始めていた。
(そうだ。セレフィーナに治してもらおう)
冷静になってみれば、『彼』に助けを求めるまでもなかった。ふらふらと立ち上がり、セレフィーナを探す。
ミヤを取り囲んだ兵士たちが俄かに殺気立つ。彼女はそれに気付かない。
一歩踏み出すごとに円形に包囲された陣形が距離を取りつつも『はじめの聖女』の一挙手一投足に固唾を飲んでいた。
「待つんだ。君には此度の騒動の責任を取ってもらう必要がある」
王子が肩を掴んできた。
何の反応もないと分かると、その手に力がこもる。
「離して。カイルを助けなきゃ。ひどい怪我をしてるの」
「君は聖女だろう。なぜ他の聖女を探す? 自分で治せばいい」
それができたら、どれほど良かったか。
言い返そうとした。だが、なけなしの理性で踏みとどまる。歯を食いしばって耐えた。
(今、この人と言い争ってる暇はない)
セレフィーナを見つけ、駆け寄ろうとする。しかし王子がそれを許さなかった。
これまでに感じたことのない怒りが湧き上がる。
感情のうねりに呼応するように彼女の周囲では風が渦を巻く。
ミヤはこのとき初めて王子と目を合わせた。
「邪魔しないで。責任なんて今はどうでもいい。人の命がかかってるの」
他でもない、大切な幼馴染に何かあれば、ミヤは生きていけない。
こんな見知らぬ土地で心折れずに聖女として立っていられたのは彼がいたからだ。
アナスタシアが最も近くにいた。彼女はミヤの様子がおかしいことに気付いた。
王子は動じず、まるで観察するような冷静な視線で睥睨した。
「所詮、聖女なんてものは偽りだ。浄化の力も大方、聖人たちが使っている式の応用だろう? 信用ならないと思っていたんだ」
「あなた、精霊王様のことまで馬鹿にするの?」
バチバチと周囲では光が瞬いた。
兵士たちは恐れ慄いて異変の根源を畏怖の眼差しで見つめたけれど、主人である王子に「捕えろ」と命令されては逆らえない。
「聖女ミヤ。外壁の式が何者かに壊されていた。王族の訪問に合わせて、魔物を誘き寄せたのは君なんじゃないのか?」
「謀反を企てたとでも言いたいの?」
ここにはミヤの大切な人たちがたくさんいる。
わざわざ彼らを危険に晒すような真似はしない。
だが、王子にはそれが分からない。初めから疑いの目を向けている彼には、聖女ミヤは大犯罪者のように見えていた。
「アナスタシア、こっちに来て」
「何をする気だ? まさかか弱い女性たちだけで兵士たちを倒して逃げられるとでも思っているのか」
「そんなことしない。それに私は逃げない。王やあなたがどう思おうと関係ないの。好きなだけ調べたらいいわ」
兵士たちを掻き分けてアナスタシアが辿り着いた。
彼女はミヤにピッタリと寄り添い、王子と兵士たちを睨みつける。「どうしたの? 何があったの、ミヤ」
「私が王子を傷つけるために壁面の式を壊したって難癖をつけられてるの。ねぇ、アナスタシア。カイルの治癒をお願い。さっきから返事がないの」
「ミヤはどうするの?」
「どういうわけか、王子様は私を犯人にしたいんでしょう。潔白を証明するわ」
王子は何度か瞬きをした。
そして、先程まで貫いていた無表情をようやく崩す。蔑んでいるような、哀れみにも見える複雑な目をミヤに向ける。
「王都の審判は、相手が聖女だからといって真実を歪めたりはしない」
「そもそもが無理筋よ。だって私がやったという証拠も動機もない」
アナスタシアが治療にあたってくれたおかげで冷静さが戻ってきた。
取り乱していては揚げ足を取られるだけだ。
「確かに動機は分からない。だが、それもいずれ分かるさ。何せ証拠があるんだから」
「そう。その証拠とやらで、如何に私を断罪する気なのか、今から楽しみだわ。会ったばかりの人を害する趣味なんてないんだけどな」
「それぞれ立場というものがあるだろう。地位というのは、それだけで狙われるものだ」
ミヤには分からない感覚だった。
聖地でのんびりと暮らしてきた上に、貴族としてのお決まり事にも疎い。
この口頭でのやり取りから既に戦いは始まっていることをミヤはまだ気付いていないのだ。
余計なことを言う前に止められるのはアナスタシアしかいなかった。しかし彼女も今、カイルのあまりの傷の深さに治療に全神経を集中させざるを得なかった。
(大丈夫。悪いことは何してないんだもの)
聖女として真っ当に役目を果たした。
結果、魔物は全て浄化されている。何も問題はない。
その考えが甘かったことを知るのは、投獄されてから二週間を過ぎた後だった。




